支離滅裂な大阪経済大学の車内広告

電車内にはいろいろな大学の広告を見かけることが多いですが、軽薄な内容の広告も多いもので(たとえば額に再生ボタンや録音ボタンのついた学生の顔写真を載せている佛教大学など。人間を機械とでもみなしているのだろうか)、中でも昨日発見した大阪経済大学のものは最悪でした。
あまりにも悪印象だったのでわざわざ写真を撮ってきたので貼ってみますが、テキストを書き起こしてみましょう。(なお、画像のボカシは諸事情で私が入れました。息苦しければすみません)

個人情報は保護されるべきものだ。だが少し、敏感になっていないだろうか。
テレビでは、街にいる人々にボカシが入るようになった。
そんなメディアの影響は、より敏感さを増して企業や生活者に伝播していく。
そして、過剰な敏感さは、「窮屈さ」「息苦しさ」をも生み出してしまう。
個人情報はどこまでも守られるべきか。息苦しさを受け入れるべきか。
議論しよう。受け止めよう。新しい視点は、異なる意見の中にある。

視点が増えれば、世界は倍、楽しくなる。

だそうです。
ふう、いいタイピングのトレーニングになりました。

さて、なにが最悪かというと、文と文のつながりを欠いており、一体何が言いたいのかさっぱりわからず支離滅裂な文章だからです。まず、どうやら前半の文章は、現在、個人情報が過剰に保護されることが息苦しさを生み出していると言いたいようです。これに対してはいくらでも突っ込みを入れられるし(何を根拠に言っているのか、など)、おそらくこの広告の対象であろう大学受験生からすると、いきなりそんなことを言われてもだからどうしたという話です。
百歩譲ってそれは良いとしましょう。ですが、キャッチコピーである「視点が増えれば~」を除いた最後の一文は突然、新しい視点を得るために議論をしようという、なんらそれまでの文章とつながりのない新しい主張になっていて、論理展開が完全に破綻しています。おそらく、個人情報云々ではなく、こちらが本当に伝えたいことなのだと思いますが(確かに大学に入ってからそういうのは大事ですから)、それならばその主張を最後に持ってくるにしても、もっと生きてくるような例を前段で出すべきだったでしょう。それとも悪文を批判できるかのテストがしたかったのでしょうか。

さらに、大学が出稿していることを差し引いても、単なるビジネスにおける広告としても失格でしょう。私はキャッチコピーの本をいくつか読んだことがありますが、著者が見たらこの広告は間違いなく悪い例として挙げられる類のものです。個人情報保護が過剰になっている状態を表現したであろう、皆後ろ向きで写っている写真もインパクトを欠いており、そもそも先ほども書いたように、そちらの主張そのものはターゲットであろう大学受験生にとっては別段身に迫った、心に訴えてくるような話題でもないでしょうし、全体としてやはり何を伝えたいのかがわからず、集客効果も到底期待できるものではないからです。

いやしくも大学の広告としては著しく不適切です。こんな子供だましの文章を公共の場で掲示する大学は、入試で国語や小論文の採点をしたり、入学後もレポートや
論文を指導する資格があるのかどうか疑わしくなってきます。一体誰がこの広告を考えたのでしょうか。軽くでも推敲しておかしいとは思わなかったのでしょうか。私が高校生なら、こんな大学には絶対に入りたいとは思いません。

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