「「昔はよかった」と言うけれど に対する反応が酷い件について」という記事が酷すぎる件

前の記事で、大倉幸宏『昔はよかったと言うけれど』の感想を(というよりは紹介?)書きました。その後、「昔はよかった言うけれど」で検索をかけてみたら、以下のような記事が見つかりましたが、意味不明な内容でした。

「「昔はよかった」と言うけれど に対する反応が酷い件について」
http://stormsurfrider.blog100.fc2.com/blog-entry-73.html
(2014年7月29日閲覧)

記事は5000字近くに及ぶ文章で、このブログの筆者(以下、単に「筆者」)は、大倉氏の本に反論しているのですが、なんとご自身は本を読んでいないそうです。

筆者は大倉氏の解説が矛盾していると主張します。

 著者 大倉幸宏 氏の解説には、

「戦前の日本では、家庭で厳しいしつけがなされ、学校で修身が教えられ、みんなが高い道徳心を身に付けていた。しかし、戦後そうした美徳が失われ、今や日本人のマナー・モラルは完全に崩壊してしまった」。今日の日本で、道徳に反するような事件や出来事が起きるたびに、こうした言葉があちこちで聞かれます。ジャーナリスト、作家、政治家など、さまざまな立場の人が、あたかも常識であるかのごとく昔を美化し、今を否定する論理を展開します。

とある。それに続けて、

多くの人が信じているこの言説は、実はまったくの誤解だったと言えます。本書は、こうした「常識」の誤りを明らかにし、戦前の日本人の道徳はいかなる状態だったのか、あまり知られていない歴史の側面を当時の新聞や書籍、統計データなどの資料をひもときながら紹介していきます。

って、矛盾してるだろ。

一体、どこが矛盾しているのでしょうか。筆者はさらに以下のように続けます。

つまり、今日のジャーナリストが犯している誤りを、過去のジャーナリストが書いた記事によって質そうって訳だ。では、今のジャーナリストは間違っていて、昔のジャーナリストは正しいのだろうか。例えば、当時の不道徳を取り上げた記事は、当時の道徳者の目線から語られている訳だろう。故に、それは今のジャーナリストが現代の不道徳を嘆いている様と変わらない筈だ。だとすれば、それは今のジャーナリストが「昔は良かった」と語っていることを「間違い」と否定出来る根拠には至らない。その辺りに1972年生まれの馬鹿さ加減が漂う。いくら当時の時代背景を考察したところで、我々はその当事者にはなれないのだ。仮に著者が明治生まれの祖父から聞かされた話を踏まえて語っていたにせよ、その話が著者の体験に代わることはない。

まともに読解するのも馬鹿馬鹿しい、よくわからない文章です。大倉氏は今のジャーナリストが正しく、昔のジャーナリストが間違っているなどとは一言も述べていません。現代の不道徳を嘆いている者の中に、ことさらに「昔が良かった」と主張する者がいるがそれは幻想に基づいた考えにすぎないというのが大倉氏の主張です。筆者がいくつなのかは知りませんが、1972年生まれの馬鹿さ加減というのは誹謗中傷以外の何物でもありません。「いくら当時の時代背景を考察したところで、我々はその当事者にはなれないのだ。仮に著者が明治生まれの祖父から聞かされた話を踏まえて語っていたにせよ、その話が著者の体験に代わることはない。」といいますが、大倉氏の著書の中で例示されているエピソードは、祖父から聞かされた話などという著者の個人的な体験などではなく、複数の新聞記事や書物(中には日本に滞在した外国人によるものもあります)からの多角的な引用で、客観的な証拠に足るものです。むしろ、大倉氏自身は個人的な体験で歴史を語ることの危険について述べています。

「一個人の経験というわずかな断片から描き出された「歴史」は、多くの場合ファンタジーの域を脱しません。
 昔の良かった面だけでなく、悪かった面にも冷静に目を向け、先人たちがその悪い部分とどう向き合い、何を試みてきたのかを見極めることも重要です。そうした物事を複眼的にとらえようとする姿勢こそが、ほんとうの意味で歴史から学ぶというに値するのではないでしょうか。一面的な歴史認識、恣意的な歴史解釈は、社会を誤った方向へ導く危険性を秘めています。」(pp.236-237)

さらに筆者は、「要するに、「昔は良かった」という言葉が示しているのは「昔のちゃんとした人は今よりもっとちゃんとしていた」という意味であり、「今より昔の日本人の方が平均点は高い」という意味ではない。」などと書いていますが、その主張の根拠は何も示しておらず、理解不能です。独自の主張をするならば、大倉氏のように具体的な例を挙げるなどして、その論拠を述べなければ説得力がありません。

成人して久しいであろうに本も読まず、虚妄に基づいたご高説を延々と述べ立てている人間や、論理的に物事を考える力が著しく欠如している上、現状認識ができず、また向上心という志が見られない人間が往々にして見られることも、大倉氏が危惧している現状の一側面なのではないでしょうか。

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