「東京からの避難者」

先日、教会で、福井県の原子力発電所再稼働に反対する署名が回ってきた。教会にはよくこういうものが送られてくるのだが、一体どういうつながりがあるのかは私は知らない。ただ、その署名用紙を見て唖然としたのは、賛同人の一人に「東京からの避難者」という肩書きがあったことだ。一体どういう意味なのであろうか。すでに東京は避難するに値すべき場所になってしまったのであろうか。そも東京の何から避難しているのであろうか。悪い政治家が牛耳っているから避難しているとも受け取れるが、署名用紙の趣旨からするとそうではないだろう。だとしたら、現在東京に住んでいる、住まざるを得ない数百万の人たちはどう感じるだろうか。

私自身、原発再稼働には反対であるし、まして新設するとか、輸出するとかは到底許されることではないと考えているし、キリスト教教会は教会、教派に閉じこもっているべきものではなく、社会に対して責任を負っていると考えているので、趣旨には賛同するのであるが、このような運動を行う人達はどうも偏った立場から、特に共産党系の左翼的活動家に多いように感じているのだが、科学的根拠や確固たる思想に基づかず、感情的、旧態然としたロマン主義的といっていいような声をあげているに過ぎない人が多いのではないか。将来に対して楽観的なところは結局、原発推進派と違わないのである。また、上記の人のように、他者に対して愛のない態度をとる人もいる。これまでに何度か書いたが、そのような方法では多くの人の賛同を得ることはできないし、社会を変えることもできないと思っている。

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