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淀川工科高等学校の吹奏楽部のドキュメンタリーに対する違和感

公開日: : 最終更新日:2017/05/08 教育, 日記

(2017年5月8日追記)
今までに少なからず反響を頂いており本文を読み返してみましたが、冗長な文章ですのでいつか要点を絞ってまとめるべきかと考えております。

私はほとんどテレビを見ない人間です。見ていて不快になることのほうが多いからです。しかし、嫌でも目に入る機会はあるもので、先日、大衆食堂でご飯を食べていたら、大阪の淀川工科高等学校というところの、吹奏楽部のドキュメンタリーが、NHKの番組で特集されていました。私は内容が生理的に受け付けられなかったのですが、私の心がひねくれているのかと思って黙っていました。ところが、昨日知人とたまたまその話になり、その人も気持ち悪いと感じていたことがわかりました。これをご覧の皆さまはいかがでしょうか。ネットで検索してみたところ、淀工の吹奏楽部や、顧問の丸谷明夫という人に対する賛辞ばかりで、批判的な視点からの文章が見当たらなかったので、少し危機感を覚えて、私なりに、気持ち悪さの根っこを探った過程を公開してみることにします。

まず気になったのが、こういういわゆるスパルタ教育(?)の常なのか、日常的に、丸谷氏によって、子どもたちに非常に口汚い罵声が浴びせられていることです。そしてそれが問題視されている様子はありません。厳しいが、愛情のある熱血指導者として演出されていました。しかし、子どもたちの人格を否定するような言動が、教育者として許されるのでしょうか。大学でこのような指導が行われたら、パワハラやモラハラとして訴えられかねないでしょう。番組では随所で丸谷氏へのインタビューが行われていましたが、記者への態度も横柄と感じさせられるものでした。吹奏楽部で金賞をとったからといって一体それが人間的になんなんでしょうか。私からしたら、彼らのやっていることは、狭い、排他的な、世間から隔絶された世界で動物に芸を仕込んでいるようなもので、お山の大将が威張っているようにしか見えず滑稽です。

次に違和感を覚えたのが、丸谷氏は70歳近くにもなっているのに、「名誉教諭」の称号を得て、未だ強権を握っていることです。大学の名誉教授ならともかく、高校の名誉教諭など寡聞にして聞いたことがありません。私は教育は、未来を作り出す仕事でもあると考えています。それならば、教授する者も次世代に引き継がせるのも教育者の役割だといえるのではないでしょうか。そうであるのに、いつまでも一人の人が教えているというのは、教育現場体制の不健全さや、教育者の無能さをさらけ出していることに他ならないのではないでしょうか。指導歴数十年を誇り、70近くになっているのならなおのことです。独裁の肯定、第三者の批判を受け入れない排他性がかいま見られます。おそらく、丸谷氏が自ら引退を拒んで名誉教諭になることを望んだわけでなく、学校が要請したのだとは思いますが、それはそれでやはり教育現場として問題のある行為です。

(2017年5月8日追記)
読み返すとわかりにくい文章。
すでに定年退職した元高校教諭に「名誉教諭」の称号を与え、課外活動の指導に携わらせ続けていることからは、吹奏楽部が丸谷氏に依存しきっており、丸谷氏なくては部が成り立たたない状態であることが伺われる。さながらワンマン経営のようであるがそれは学校の部活動あり方として適切なのだろうか。
もっとも現役教員ではなく、「外部委託」している点は、教員の負担を減らすという意味では合理的かもしれないが。

先ほども書いたとおり、ネットで調べても、一方的な褒めちぎりですが、そこになにか真実が隠されているのではないかと私は興味深く思いました。たとえば、出処の不明の文章ですが、あるサイトにはこのようなことが書かれています。
大阪府立淀川工科高等学校 吹奏楽顧問 丸谷先生のいい話partⅠAdd Star(2015年2月2日閲覧)

吹奏楽部の人は絶対読むべきです!!

~全身全霊の指導者~

音符の化身のような人がいる・・・。

魂どころか、細胞のすべてが音符で出来ているような人なのだが、いかにも音楽家然とした紳士ではない。

皆、この人の噂をするときは限りない尊敬と親しみをこめて、

丸ちゃん。

と、呼ぶ。

が、この丸ちゃん、皆さんも知ってる通り実は指揮者として非常に高名な人である。

本名は丸谷明夫さんというのだが、大阪府立淀川工科高等学校の吹奏楽部顧問にして、大阪音楽大学特任教授、全日本吹奏楽連盟副理事長など、肩書きだけで名刺が真っ黒になりかねない程の吹奏楽界の重鎮なんです・・・。

ところが、丸谷先生の印象は、極めて愛くるしい。誤解を恐れずにいえば、歯に衣着せぬ関西弁と人懐っこい笑顔を持ち合わせた「おじさん」なのである。顧問をつとめる淀工吹奏楽を全国有数の実力校に押し上げ、全日本吹奏楽コンクールにおいて前人未踏の20回以上の金賞を獲得させた教育者ともなれば、威厳たっぷりの寡黙な先生ではないかと想像しがちだが、まるで違う。

「あほっ、ぼけっ、何しとんねんっ。」

と200人の部員に強烈な叱咤をぶちかまし、

「しんどいんか、しんどくないんか、言うてみ。」

凄まじい剣幕で追い詰めていくのが丸谷先生だ。

生徒にしてみれば、たまったものではない。うちひしがれ、萎縮し、涙をこらえる。トイレに閉じこもったり、夜も寝られずに悩んだりする。

けっして大げさでなく、生徒達は起床してから就寝するまで楽器のこなし方に悩み、どうしたら上手に吹けるのか悶え続ける。並大抵の苦しみではない。

だが、生徒達はどれだけドヤされても丸谷先生についていき、ひたすら上手くなろうと努める。

部外者にはとても入り込めないような信頼の絆が、丸谷先生と生徒達を結んでいるからだ。

「誰も見てくれなくても、丸谷先生は必ず見守っていてくれる。」

その信頼は絶大だ。あほだの、ぼけだの、おもいっきり怒鳴りつけてくるが、全身全霊で怒鳴りつけてくれる教師はそうざらにいるものではない。

生徒達は、丸谷先生の優しさをよく理解している。だから、猛烈な練習にもめげることはない。だが、そこまで生徒達に信頼される丸谷先生の人格は、いったい、どのようにして作られてきたんだろう・・・

いい先生ですね・・・

このような指導とその環境全般に言えることですが、世間から隔離された環境に子どもたちを置き、汚い罵倒を浴びせかけることによって、子どもたちの精神を疲弊させ、心身ともに追い詰めていき、適宜感動的なエピソードが伴った褒め言葉(番組の中でも、コンサートで丸谷氏が号泣している姿が放映されていました)を使い、極限状況の中で、頼るものは自分しかいないという信念を作り出していっていることが推測されます。これは教育でもなんでもなく、宗教的カルトでもよく行われている洗脳の手口にほかなりません。私の記憶では、淀川工科高校の吹奏楽部では、丸谷氏の指導のもと、生徒同士で演奏の点数を付けさせるようなことが行われていたような気がしますが、たとえ図らずともこのような異常な環境を強化するものとして機能しているように感じ、寒気がしてきました。「部外者にはとても入り込めないような信頼の絆」という表現からは、上で書いたように、やはり排他性を持っていることが伺えます。
ところで、知性を欠いた、暴力的な体育会系の人間は、脳みそまで筋肉でできているようだという意味の皮肉で、「脳筋」という言葉がありますが、自称しているわけではないにせよ、魂や細胞のすべてが音符でできているという表現は、その脳筋と近いものがあります。褒め言葉として書いたであろう、細胞が音符でできているという表現は、実際は褒め言葉ではなく、皮肉にも暴力的指導を暗示させる表現として浮かび上がってきます。所詮、ここでいわれている「音符」は競技のための技術に過ぎません。その技術で魂が埋めつくされているというのは、人間性を欠いているということを意味しているのです。
そもそも、高校生が夜も眠れずに、ひねもす楽器のことを考えていることを無邪気に描いている事自体が倒錯的で狂気をはらんでいます。当たり前ですが、高校生の本分は勉強であって、吹奏楽部など、所詮は課外活動に過ぎないからです。工業高校ならなおのことでしょう。
引用した文章は、先程も触れたとおり出処不明のものですが、読んだ限りでは、NHKのドキュメンタリーで描かれていた光景と一致しています。

あくまで、今回取り上げたNHKのドキュメンタリー映像や、上で引用した文章は、淀川工科高校の吹奏楽部の一部分を描いたものに過ぎず、実際に丸谷氏が日常的に暴力的な指導を行っている人であり、吹奏楽部の子どもたちがそのような指導や自分たちの置かれている環境を一方的に支持しているのかはのかはわかりません。しかし、少なくとも、淀川工科高校を取材して、このような「物語」を作り上げたNHKの番組製作者や、上の文章を書いた人は、非人間的で野蛮な指導者や環境を理想化し、肯定していると受け取れるでしょう。それはあまりにも一面的な印象を見る人に植え付けるもので、大変危険なことです。

子どもたちは本当にかわいそうだと思います。私自身、似たような経験があるから、余計に心を痛めているのです。無意識下に抱えているストレスは計り知れないものがあるはずですが、洗脳的指導によって、感覚が麻痺してしまっているのかもしれません。以前、甲子園大会に出場した、鹿児島の鹿屋中央高等学校の野球部で体罰事件があり、同じく体罰を受けた生徒が、体罰に耐え切れずに退学した生徒を罵倒して、体罰を加えた野球部の体制をむしろ擁護していた倒錯的な状況を取り上げたことがありました。今回、テレビに出ていた生徒は目を輝かせて、丸谷氏への敬意をインタビュアーに語っていて、それに近い恐ろしいものを感じました。(もちろん、NHKの意図的な編集のせいもあるでしょうが)
淀川工科高校の子どもたちは、鹿屋中央高校のように、今後、暴力の連鎖に傾かないことを祈るばかりです。

今、いじめや体罰が全国的に問題視されるようになってきていますが、これでは栄光の影で少なからず存在しているであろう、声をあげようとしてもあげられない、傷ついた子どもたちに声を傾けることはできないでしょう。問題の解決には、彼らの存在に気づくことが必要であろうに、マスメディアが、不用意に異常な環境を美化し、隠蔽に加担していることは問題です。見る側も見る側で、未だ無批判に持ち上げる人たちが多いのでしょうか。私は全然共感できないのですが、甲子園然り、ほかのスポーツ然り、日本人はああいう「汗と涙」の熱血エピソードに弱いのでしょうか。

子供は、特に小さな子供は顕著なのですが、本当にこちらの目線での常識が通用せずに、全然いうことを聞いてくれずに手を焼くものです。そんなガキどもに、罰や恐怖を使って、支配することって、簡単な事だと思うのです。でも、それは教育といえるのでしょうか。
学習心理学、教育心理学の教科書では必ず登場する、オペラント条件付けを体系づけたスキナーは(ネズミを使った実験が有名ですね)は、ある行動を抑制するための刺激、つまり「罰」(ネズミの実験なら、ネズミが痛いと感じる肉体的な刺激を与える)を与え続ければ、その行動は止みますが、罰を与えることをやめれば行動が再び見られるようになることから、教育的な悪影響を考慮すると、罰を用いて問題行動を抑制することを批判していたそうです。テレビや本でよくもてはやされるようなお偉いセンセイ方が聞いたら世間知らずの机上の空論だとあざ笑うでしょうか。しかし、何か競技で実績を出すにはああいった指導が必要なのでしょうか。あれこれ思いを巡らせてみましたが疑問は尽きません。

これだけは書いておきますが、今回にかぎらず、私は怒りを感じています。もっと激しい言葉で、上で取り上げた、教育者とは名ばかりの暴力的指導者や、それを肯定する人たちを非難したい。それをどうにか抑えてできるだけ冷静に綴ったつもりです。

(8月25日追記)
検索でよくアクセスされている割には珍しく脅迫や恫喝のコメントが一つもついていないので気になっていましたが、調べてみたらコメント機能に異常があることがわかったため修正しました。
もっとも、そんなコメントが投稿されたところで相手にするつもりはございませんが。

(2016年6月15日追記)
このところコメントを連日多数受けるのでアクセス解析で確認したところ、Facebook、2ちゃんねる、twitterなどにこの記事のURLが貼られていたようで、昨日のページビューは5000件近くにのぼっていました。
ところで、学校教育での柔道の危険度の研究などで名が知られる、名古屋大学の内田良氏も、Twitterで吹奏楽部に言及していることが分かりました。内田氏には吹奏楽部関連の相談も多く寄せられているそうです。


(2015年7月11日のツイート)

どういう文脈で内田氏が取り上げたのかはわかりませんが、ここで問題視されている「過熱ぶり、精神論、練習の苛酷さ、教員のカリスマ性」は、私の視点とほぼ同じです。逆に言えば、教育学者でさえも、吹奏楽部をそのように捉えているということです。いや、客観的データに基づいて学術的研究を行っている人でさえそのように言っているということは、私などよりもっと厳しく批判的な目で見ているといってよいでしょう。
なにも吹奏楽部に限ったことではありませんが、いかに部活動の場が往々にして、教育現場であるにもかかわらず、内部だけでしか通用しないような異常な論理で活動しているかが窺い知れると思います。

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Comment

  1. まるちゃん より:

    確かに丸谷先生は厳しい方ですが、吹奏楽部にしている大阪の中学生の中でどうしても吹奏楽コンクール全国大会に出場して金賞を取りたいと思ったら必ず進学を考えます。
    野球部の中学生の中で甲子園で優勝したいと思えば強豪校に野球留学しても入学すると思います。
    淀工は必ずコンクールで金賞を取れる学校(野球部で甲子園優勝が約束されているようなもの)どれだけ厳しくてもついて行くものなんです。
    野球部のスパルタは認めて吹奏楽部のスパルタは否定されるのですか?

  2. コメントありがとうございます。
    まずひっかかるのが、現実にそうなのかはさておいて、必ず淀工に進学を考える、必ず金賞が取れる、甲子園優勝が約束されているという表現です。野球でも、必ず甲子園優勝が約束されている高校などはありえないからです。淀工に入れば必ず金賞が取れるというのなら、公平な技術の審査というより、権威的ものによって賞が決められているような、コンクールの体制そのものに不健全なものを感じさせます。(たとえば数年前に書道界で明るみに出てニュースになった日展の審査のように)
    また、必ず、約束されているからという表現は、ただ丸谷氏にすがってロボットのようになればよいというようで、子どもたちの主体性はどこにあるのかわかりません。非人間的な考えだと思います。教育現場としていかがなものでしょうか。

    暴行事件にも言及しましたように、私は野球部に限らず、スパルタの名で正当化されている暴力的指導には極めて批判的ですし、高校、大学問わず、スポーツ推薦などの制度にも、それは普通に勉強するために入学して(もっとも一般入試でもどれだけいるか怪しいですが)卒業していく人たちと一緒くたにして良いのだろうかと疑問に感じています。(制度的に高校、大学である必要があるのかどうか)
    もちろん、中には高いレベルで文武両道を両立して卒業する人もいるのでしょうけれども。

    • 匿名 より:

      野球でいう甲子園優勝が約束されている高校、確かに表現としては適切でないかもしれないかもしれませんが、大阪桐蔭高校が限りなくそれに近いですね。近年もう一つのライバル校履正社高校には連勝していますし。大阪桐蔭の西谷監督も相当ひどいですよ。部員たちはかなりのプレッシャーと緊張を強いられている事でしょう。

  3. あだこ より:

    記事拝見させていただきました
    私は中学で吹奏楽部に入っていて、とあるご縁からよく淀川工科高校で指導を受けさせていただいていました。
    確かに丸谷先生は厳しい方です、記事にもあったような言葉も使います
    しかし、部員のことを誰よりもよく見ていて誰よりもよく考えているように感じました。
    実際に生徒のみなさんもしんどい練習のなか続けていけるのは丸谷先生の優しさ厳しさがあるからだと思います。
    みんな楽器がすきで淀工吹奏楽部が大好きで、
    そんな雰囲気がたくさん感じられる素敵な部活でした。
    外から見ていると感じることは人それぞれだと思いますが、実際に直接話してみると部員のみなさんももちろん丸谷先生もみなさん優しくて楽しそうで生き生きしていました。
    わたしはとても素敵な部活だと思います。

  4. コメント感謝です。
    淀工のOBの方でしょうか。

    私にはどうも、子どもたちの感覚がマゾヒスティックに麻痺しているのでないかと感じるのです。
    「部員のことを誰よりもよく見ていて誰よりもよく考えている」という表現は、父権主義的な監視、生活の支配とも受け取れます。アメとムチを巧妙に使うから、生徒は従わざるをえないのでしょう。本文でも書きましたように、カルト宗教の構造に近いものがあり、やはり不健全だと思います。(かつてあるカルト宗教の信者と話したことがあるのですが、彼らの言動に近いものを感じます)
    実際に、地方の大学の修士論文レベルですが、吹奏楽部に在籍していた人が、吹奏楽は音楽性とはかけ離れたカルトに近いということを論証しようとした論文があります。
    http://repository.ul.hirosaki-u.ac.jp/dspace/html/10129/642/tm_418_kogawa.pdf

    また、丸谷氏の人格について、あだこさんの仰るようなことが事実であるとしても、まだ十代の子どもに向かって人権を侵害するような暴言を吐くことが必要だとは到底思えませんし、それを本来の意味での厳しさと履き違え、無批判に取り上げて垂れ流したNHKの番組製作者の責任も無視できるものではありません。

  5. 実際いた人 より:

    実際、OBの者です(^^)
    こんにちは!
    映像やWebなどのコメントで、貴方みたいな捉え方をして、いったいどうなんだと言う方は沢山いらっしゃいますが、人の人格を崩すような発言、暴力などは一切ありません。
    音楽を勉強しながら楽しみながら、社会に出ても大丈夫なように、人として成長出来る場をつくる為に常、生徒の事を第一に考えてくれている先生です。

    私から言わせてもらうと、映像、webでのコメントなどを見るだけで、このような人だと決めるけるような貴方の考えの方が1番、人として最悪だということに気付いたほうが宜しいかと思いますが?
    そこでの経験をしたことが無い、本人に会ったことすら無い、話したことがない、そんな貴方に何が言えるのですか?

    まず、貴方のその人の見方というものを1から学びなおした方が宜しいと思いますよ。

    長文失礼致します。

  6. ご自分の主張に反し、淀川工科高校の吹奏楽部が、人格や社会性を育むのに何ら寄与していないことをわざわざ公表してくださりありがとうございます。

  7. yoshihisa より:

    記事を拝見させて頂きました。
    確かに生徒さん達に酷い罵声を浴びせているのは事実です。
    しかしそれは生徒さんのことを思っての事なのではないでしょうか。
    私はよく動画サイトなどで淀川工科高等学校のマーチングを拝見しますが、とても高校生とは思えないほどの素晴らしい演奏演技でとても感動してしまいます。丸谷先生の厳しい指導があったからこそあのような演奏演技が出来ているのではないのかと私は思います。
    生徒にどんなに厳しい罵声を浴びせてでも全国に行かせてあげたい。全国で金賞を取らせてあげたい。そのような気持ちで丸谷先生は指導されているのではないでしょうか。
    確かに不愉快に思うかもしれません。たかが部活でなぜそこまでするのかと思うかも知れません。でもそれは生徒さんを思っての事だと思います。
    実際私も現在高校生で吹奏楽ではありませんがスポーツをしています。
    ですがたとえどんなに先生に酷い罵声をあびせられても、結果が出れば嬉しいし、もっと頑張ろう。という気持ちにもなります。
    生徒さん達もそのように思っているのではないでしょうか。
    そんなの綺麗事だ。そう思うかもしれませんが私はそこまでしてでも自分を強くしようとしてくれている。自分達の事を考えて指導してくれている。と逆に感謝するべきだと思います。
    周りから見れば確かにパワハラなどと言われてもおかしくないかもしれません。それでも言い続ける理由は少なくともむやみやたらに生徒さん達の人権を侵害しようとかという軽い気持ちではないはずです。
    最後に淀川工科高等学校のマーチングや座奏をきちんと見た事がないのなら是非1度でいいからきちんと見て欲しいというのが私の気持ちです。そこには丸谷先生が暴言を吐いてまでも生徒さん達を指導してきた努力の結晶が詰まっているはずです。
    長文失礼します。

  8. 正直に言って、特に高校生がこういう思考をしていることが恐ろしいです。教師に依存しきっていて(教師も生徒に依存しているのでしょう)、狂った体罰さえ肯定するような典型的な考え方です。もっとも、外から見ればパワハラだとみなされないと認めている点ではまだ正常な感覚が残っているとは思います。
    ですが、特に次のくだりは感覚が麻痺しきっていて異常だとしか思えません。
    「ですがたとえどんなに先生に酷い罵声をあびせられても、結果が出れば嬉しいし、もっと頑張ろう。という気持ちにもなります。
    生徒さん達もそのように思っているのではないでしょうか。
    そんなの綺麗事だ。そう思うかもしれませんが私はそこまでしてでも自分を強くしようとしてくれている。自分達の事を考えて指導してくれている。と逆に感謝するべきだと思います。」
    もうご存じないかもしれませんが、かつて大量殺人などの凶悪犯罪に手を染めた、オウム真理教というカルト宗教の信者も極めて似たようなことを述べていました。やはりカルト団体の体質と、そこでの教祖と信者の関係によく通じるところがあります。

    結果が出ているとか、丸谷氏のような人が生徒のことを思っているかどうかなどは問題ではありません。学校という場において、教育、指導の名のもとに、生徒に暴言を吐いたり、カルト宗教のような体質が許され、それをメディアが肯定的に取り上げるのが許されてよいのかという話です。
    結果以前に、人格を持った人間としてどうなのかという話ですが、なぜそれが問題なのかということから説明しなければならないのでしょうか。
    嘆かわしい話ですが、きっとこれは学校現場だけの話ではなく、大人の社会全体で歪んだ価値観が支配的だからなのでしょう。

  9. lightning より:

    記事を拝見させて頂きました。
    私はとある工業高校でマーチングをしてる者です。
    私はとても淀川工科を尊敬しているものです。
    出来ることならば淀川工科に入りたいと考えていた位です。
    丸谷先生は非常に音楽界でも有名な方で、
    淀川工科の吹奏楽を率いてる長でもあります。
    ところで、話は変わりますがあなたは高校野球をご存知ですよね?
    高校野球の方々も日々、練習に励んでいます。
    高校野球をされている方々もこの様な
    言葉を投げかけられています。
    プロ野球選手もこの様なことを言われ続けてプレイして来ました。そして今はメジャー、日本プロ野球と素晴らしい功績を出しています。
    話を戻しましょう。
    私は先程、工業高校のものと申し上げました。
    今回のマーチングコンテストでは残念な結果でした。
    それでもチームメイトはこう言いました。
    「来年も頑張ろう!精一杯教えてくれた先生やコーチの方にも!」と。
    淀川工科吹奏楽部の方も同じことを仰っています。
    これを見てまだ、理解出来ないのなら、
    あなたは一度何かに熱心になってみてください。
    そうすれば、彼らの気持ちが分かるかも知れません。
    部活動は運動部でも文化部でも厳しいのは変わりないです。
    あなたはその一言で吹奏楽を、いいえ、
    部活動全体を批判しているのですよ?
    それに命を賭けてやってるいる人は厳しい事も乗り越えて生きてきたのですよ?
    それを淀川工科に絞り、尚且、顧問の人格まで否定するのは、
    少々人間性に欠けていると思います。

    一つだけ言います。マーチングをやるのに
    他人に自分の意思を干渉されることなどありません。洗脳なんて以ての外です。
    長分失礼します。

  10. ちゃんと読んだ上でコメントしているんでしょうか。高校野球の体罰などの暴力的な指導に批判的であることは本文やコメントで言及しています。ただし、吹奏楽だけでなく、部活動全体を批判しているということだけは正しいです。なんであれ、部員に罵詈雑言を浴びせる教員は生徒の人格や社会への悪影響を考えれば一刻も早く辞めてもらいたいですし、そういう団体は潰れて欲しいと思っているからです。さらにいえば別に部活動にさえ限った話ではないのですが。

    野球部といえば、多数の名高いプロ野球選手(私からすればプロ野球選手だからなんぼのもんやと言いたいですが)を輩出したPL学園の高校野球部さえも、いじめや体罰が問題視され、ついに廃部寸前の状態になりました。今ではかつての甲子園優勝の栄光もありませんが、それでも暴力のあった以前の姿に戻るべきだとでもいうのでしょうか。
    巨人のエースからメジャーまで行ったOBの桑田真澄氏も母校をはじめとする暴力的指導を批判していますが。
    「Q:体罰を生む背景は?
    桑田:勝利ですね。「チームが勝ちたい」「自分が勝ちたい」ということですね。例えばチーム内であれば、自分がレギュラーになるために後輩をつぶしていかないと自分がレギュラーになれないとか、指導者は優勝しないと周りに対しての示しがつかないとか、首になるとかですね、勝利至上主義になってしまっているということですね。
    本来、誰もが、子どもを育てる、選手を育てるという育成を目的にしているのにもかかわらず、実際にスポーツの現場で行われているのは勝利至上主義ですよね。僕はプロ野球は勝利至上主義でいいと思っているんです。でも、アマチュアは勝利至上主義よりも人材育成主義、育成主義ではないとダメだと思っています。」
    http://blog.goo.ne.jp/masaoonohara/e/4ac932627a427790319b9c6ba7dd946e

    あるいは仮に、ある名のあるクラブで、顧問や部員に暴言を浴びせられ、ついていけなくなって辞めた人がいたとしたら、その人は部活動への熱心さが足りなく弱いから辞めたことになるんでしょうか。そうだとしたら、暴行を受けて退部した野球部員に汚い言葉を投げかけていた実在する野球部のOBらと同じだということになりますが、本気でそう言い出しそうで恐ろしいものです。

    丸谷氏が音楽界で有名だとのことですが、音楽(演奏家?)の世界など、社会のほんの一部分ですし、そのまたほんの一部分の吹奏楽の世界のお偉いさんでしょう。私からすれば一体何様のつもりだと言いたいです。にもかかわらずその狭い世界の実績だけで名誉賞やら客員教授をあげ、熱血教師ともてはやす大人たちの価値観こそ問われて然るべきですが。
    そもそも偉い人の言うことなら批判せずに従うべきだというならその時点でおかしいです。それで喜ぶ人も多いとは思いますが、一人の人間としてどうなんでしょうか。

    どうやらカルト宗教と同じで、内実を知らずに洗脳される人もいる一方で、無批判に自ら望んでいかがわしい団体に入った人も相当数いるようです。学校に入る以前の環境の影響で歪んだ価値観が形成されたとみなすこともできますが、少なくとも、こんな恫喝まがいのカルト的な部活動は、子どもたちの人格の形成、教育を目的とする学校でやるようなことではありませんし、そのような場所で育った人間が社会に出ていくなどおぞましいことです。これではパワハラ、過労死や自殺は減らないでしょう。
    精神活動の自由が保障されているとはいえ、そんなことをしても結局当人の人生のためにならないからこうして書いているのですが。

  11. carmen より:

    記事を読ませて頂きました。
    失礼ですが被害妄想のしすぎではないでしょうか。
    確かにあなたが体罰などに似たような経験があるからここまでおっしゃっていられるのでしょうけれどもあなたが受けたような酷い体罰が淀川工科高校で実際に起こっているのかは実際に淀川工科高校の吹奏楽部にいた人や、実際に見学に行った人にしかわからないのではないでしょうか。たかが1回NHKのドキュメンタリーを見た人に何がわかるのでしょうか。それこそNHKの編集のせいでそう感じているのではないでしょうか。
    そしてあなたはまるで丸谷先生が淀川工科高校に名誉教諭の名のもとにずっと居座り続けているかのような発言をされていましたが、丸谷先生は以前引退するとおっしゃっていた事がありました。しかし生徒さんが引退しないで欲しい。と強く願ったために未だに吹奏楽部の顧問として生徒さん達を指導されているのです。
    確かに暴言は吐いていますがそれは強くさせてあげたいという強い気持ちからくるものではないでしょうか。あなたの言い方はまるで仲良くやれればそれでいい。例え地区大会の1回戦で相手にどんな大差で負けようと別に構わない。だって暴言も吐いてないしずっと優しくしてたから別にいいんだ。
    そんなことあるわけない。先生はそれでいいのかも知れませんが生徒はどんなに悔しがるでしょうか。どんなに泣き叫ぶでしょうか。そんな顔をみたくない。生徒達を勝たせてあげたい。部活を受け持っているほぼ全ての顧問の先生がそう思っているはずです。だから厳しくするのです。だから暴言を吐いてしまうのです。そこまでしてでも良い結果を残して欲しい。丸谷先生もそのようなお考えなのではないでしょうか。
    と言っても私の言葉くらいであなたの心は変わらないと思うのでhttp://youtu.be/xuwIEpe0jgo
    是非これを見ていただきたいです。これは昨年の淀川工科高校のマーチング全国大会の演奏です。注目して欲しいのは演奏している生徒さん達。とてもいきいきとしたいい笑顔をされています。日頃丸谷先生からの酷い体罰や暴言を吐かれ続けていたらこのような顔にはならないと思います。生徒さん達は心から吹奏楽を愛し、マーチングを楽しんでいるのではないでしょうか。
    最後になりますが淀川工科高等学校を全国屈指の吹奏楽の強豪校へと導いた丸谷先生とあなたへ体罰などをしてきた人を一緒にしないで下さい。そしてNHKの意図的な編集のせいで生徒さん達が目を輝かせていたのではなく、本心で丸谷先生を尊敬してらっしゃるから目を輝かせてNHKのインタビューを受けていたという事を覚えておいて頂ければ嬉しいです。
    長文失礼致しました。コメント失礼致します。

  12. これまでのコメントから見るに、別に指導者が一方的に暴君や教祖のように振舞っているわけではなく、生徒のほうも依存していることが伺えます。どこまで共依存的なところがあるのかはわかりませんが。
    もう一つは、やれ強豪校だから、金賞をとったから暴言などが許されるという発言です。典型的な、桑田真澄氏が指摘するような勝利至上主義に毒されている考え方だと思います。体罰がなくとも桜宮高校などの体質を肯定するのと同じロジックだということがわからないんでしょうか。
    そもそも勘違いしているようですが、厳しく指導することと、アホやらボケやらの罵倒をすることは同じではありません。たとえ了解を得ていようが教育者が学校でそのような暴言を吐いてそれが許されるのは問題だと言っているのです。そういう暴言が出るのはもともと品性が下劣であるか、情動を抑えきれないだけに過ぎません。

  13. 匿名 より:

    丸谷先生に会いに行けばいいんじゃないですか?

    丸谷先生は、確かに吹奏楽に対する姿勢は、厳しいですが、先生の中でも人気のある方です。
    本人を知らず、外野でどうのこうの言う前に、違和感があるのでしたら、自分自身が動かないと、誰が何を言っても違和感は晴れないのではないでしょうか?

  14. 極論には相手をしません。

    これまでコメントを投稿した人は文体や内容から察するにおそらく現役高校生か大学生くらいの若い人だと思いますが、丸谷先生、丸谷先生と崇めていて本当にカルト宗教の信者のようです。これが学校の部活動のあるべき姿なのでしょうか。

  15. 自分の意思で淀川工科高校へ行ったのだから別にいいんじゃないでしょうか? より:

    ガチで部活やりたい人は、部活強豪高校へ行けばいい。
    エンジョイで部活やりたい人は、部活弱小高校へ行けばいい。
    淀川工科高校吹奏楽部に行った高校生たちは、どれだけ罵倒されようが、3年生でもオーディション落ちようが、自分の意思で淀川工科高校へ行ったのだから別にいいんじゃないでしょうか?

    僕はエンジョイで吹奏楽やりたかったから、弱小吹奏楽部の高校に行きました。
    ・部活の時間は普通にこつこつ真面目に練習、日曜日は7月以外は休み。
    ・部員数が、コンクール制限人数未満だったので全員コンクール出場。
    ・難易度の高い曲はさけて、初心者でもコンクールまでに演奏できる自由曲を選択。
    ・夜遅くまでの練習じゃないので、塾で勉強したい3年生は塾に行ける。
    そういうエンジョイ弱小吹奏楽部だあったけど、自分に合ってたので楽しかった。

  16. そのようないわゆる自己責任論は100歩譲って社会に出た大人になら通用するとしても、公教育の場である学校の生徒にまで適用させるべきでしょうか。いくら強豪校とはいえ、果たして学校は部活動が中心の場でしょうか。そのような問いを放棄して狭い世界のコンクールや大会での優勝に執着することに教育上、また社会的にいかなる価値があるのでしょうか。というようなことは何度も書いているのですが。

    なお、二回投稿を下さっていましたが、現在当サイトのコメントは承認制になっております。イタズラやスパムを防ぐため、私が確認、承認するまで表示されませんので、投稿後すぐにコメントが表示されなくても異常ではありません。

  17. 若い人です。 より:

    私はとある吹奏楽新興強豪校に属していた者です。
    学校名についての言及はご遠慮ください。
    たまたまこの記事と出会いました。主様の違和感、私よくわかります。
    その上で以下の文章を御覧いただけたらと思います。

    ドキュメンタリーで主様が観て感じられた教育方針は私の知る限りではよくあることでした。
    ある高校に私が属していたころも洗脳の様な行為を行っておりました。
    厳しい罵詈雑言を浴びせ、心身ともに追い詰め、適宜感動的なエピソードが伴ったほめ言葉を述べる。このようにして、「この先生についてきて良かった」と思わせる方法はされていました。
    以上のことを経験者から述べさせていただくのなら、『よくある話』です。
    生徒と教師の共依存も勝利至上主義も暴言、カルト的、ここには書けないその他諸々は『よくある話』です。そして『よく聞く話』です。
    最も、私はもう『疲れてやめてしまった人』なので吹奏楽には関係ありませんし、主様のように怒りも感じません。

    最初にも書きました通り、主様の違和感はよく分かります。
    ただ、これは感覚的なものなので、上手く説明がつきません。自分のボキャブラリーの無さが恨めしいです。

    そして私の経験はもう数年前の話です。
    今、私が挙げた事が在籍していた学校で行われていないことを祈りつつ、指を置きます。

  18. さとう より:

    51歳、吹奏楽歴36年の男です。途中ブランクあるので演奏歴は20年ぐらいです。
    感じ方は人それぞれですし、また万人全てが淀工吹奏楽部を肯定すべきだとも思いませんが、貴方の感想には違和感を感じます。
    もちろん自分の考えと違っても”興味深い”文章と出会うことは時には必要ですけどね。

    一般論としてはある程度正しい話だと思いますが。
    丸谷先生を知っている人とでは話がかみ合わなくて当然なのかもしれません。
    そういう私も個人的にお会いした事はありません。合同演奏で数百人の参加者の一人として指導を受けたことがあるだけです。

    親子にしたって一般論は言えても、実際に子供がどう思っているかは全く別問題ですよね。一般論の域を出なければ話がかみあわなくて当然なのかもしれません。
    こう言ってる私だって、どれほど丸谷先生のことを知ってるか、というと疑問ですけど(笑)。
    とはいえ30年以上も「吹奏楽雑誌などでの発言」「数少ないながらも直接指導を受けた体験」そして何よりも実際の演奏、に接してきています。
    その経験だけからいえば、丸谷先生は少なくとも「裏表がある」という人ではないです。一般参加者がいる合同練習でもけっこう怒鳴ってます。個別に注意されたいとまでは思いませんが(笑)。

    実際に会ったこともない。生で演奏を聴いたこともない。勝手に編集されたドキュメンタリー番組1本だけで全否定はいかがなものでしょうか。
    「某番組で紹介されていた某部活の某先生が」ぐらいの一般論なら、もう少しは賛同できそうなんですが。

    私自身は30年来の経験と淀工の「コンクールなんぞという狭い枠組を超越した鮮やかな演奏」を生で聴いてしまったので支持する、というところでしょうか。

    別に「貴方に考えを変えてほしい」と思っているわけでもないのです。
    ただ「淀川工科 吹奏楽部」で検索すると貴方の文章が最初に表示されてしまうのです。私もそれで来ました。その語句で検索する人と貴方の考え方ではたぶん基本的スタンスが違ってしまうのです。
    わざわざ検索した上で「違和感を感じる文章が目に入ってしまう」のも”不幸”と言えるかもしれません。
    わざわざ検索して最初に出て来たのが貴方の文章だったら吹奏楽経験者は反応/反発するでしょうね。
    その意味でも一般論ではなく学校名人名を明記して批判したのは間違いだったかもしれません。
    「世間に対して淀工の問題提起をしてやった」とお考えなら別でしょうけど。どうでしょう?

    長々と乱文失礼致しました。

    • 取り急ぎのお返事ですが、まず、「某番組で紹介されていた某部活の某先生が」というのは一般論ではないですね。匿名にしただけであって、指しているものは同じだからです。
      何も淀工や丸谷氏個人を攻撃しても仕方ない話です。野球部の記事にもリンクしているように、やたら持ち上げられている彼らを取り上げることを通して、まさに仰るように世間(当事者を含めて)に部活動のあり方やマスコミの取り上げ方が抱える病理を問題提起したつもりです。

      現在、このページが検索エンジンで上位表示されるのは存じ上げていますが、それは私が意図したわけではありませんし、検索する人の思惑に都合の良いページばかりが上位表示されるわけではありません。

      それに同意するか否かは別として、ご自分の価値観がと違った文章と出会い、興味深いと感じてくださったのでしたら(そして価値観が揺さぶられるのでしたらなお)、淀工や丸谷氏を賛美するページの中で存在する意味は果たしているのではないかと感じています。

      • さとう より:

        コメントありがとうございます。
        『部活動のあり方やマスコミの取り上げ方が抱える病理を問題提起したつもりです』一部は賛同します。

        部活動に対する問題提起、の意図はわかります。
        わかりますが、そこで引き合いに出されるのが淀工吹奏楽部だと凄く違和感あります(笑)。
        確かに怒鳴ることが多い先生なので批判するには格好の材料でしょうし、イヤなテレビ的演出が加われば更に嫌悪感増すでしょうね。

        そもそもテレビ番組なんて編集次第で印象が変わりますからね。
        よく知ってる事柄や人物がテレビで取り上げられて「ウソじゃないけど、かなり違うぞ」と思ったことは何度もあります。
        話の発端であるNHKでの淀工ドキュメンタリーは「たぶん、録画してまだ見てないアレかな?」てのをさっき思い出しました。
        見てないので何なんですが、たぶん「ウソじゃないけど違う」と思いそうです(笑)。
        私も”違和感”を感じそうな気がしますが、貴方の”違和感”とは別種のものになりそうです。
        今度見てみようかな。いや、そう言いながら見ないまま終わる可能性が高いです(笑)。

        『淀工や丸谷氏を賛美するページの中で存在する意味は果たしているのではないかと感じています』
        私も丸谷先生を神と讃えるつもりはありませんよ(笑)。
        実績を正当に評価して”日本屈指の吹奏楽指導者”だと思ってるだけで。
        「実績」と言いましたが、コンクールで金賞かどうかは私にとってはどうでもいい話(笑)。
        「会場で実際に演奏を聴いて感動した」ということが私にとっての”丸谷先生と淀工の実績”。その私から見て「正当に評価されるべき人」だと思うんですけどねー。
        やたら賛美する必要もないですが、ボロカスに非難されるような人でもないですよ。

        検索結果上位なのは貴方の責任じゃないのはもちろん承知してます。
        普通程度に「淀工の吹奏楽が好き」って人が検索してたどり着いた先で読まされたら大変だろうなーと思うだけで。

        問題提起なのは理解しますが、やはり何か違和感ありますね。
        とはいえ、いい着地点も見当たらないので、ここまでにしておきましょう。

        何ヵ月も前に書かれた文章なのに、今ごろコメントしてすみません。
        ご対応頂きありがとうございました。

  19. Tom より:

    丸谷先生を評価する以前に結論ありきだと思います。残念ですが、今日の恐ろしい風潮だと思います。批判する前に、物事を判断する前に、事実を知ることが大切なのではないでしょうか?最近のテレビやバラエティー番組でも同様で、言論の自由は守られるべきなのでしょうが、世間に自らが意見を発表する時には自由のための責任もあるはずで、なによりも出来るだけの事実を知ることが先行すべきで、事実を知らずに述べる意見は単なる感情論であり、自らを肯定するための手段としか思えないのです。事実さえ知れば、批判は自由であり、だれも犯すことのできない権利だとおもうのです。事実の前にもっと謙虚であるべきだと思います。
    たとえば、丸谷先生の指導に対しても、それを受けた生徒の意見やその後の人間形成などい一言も言及されていません。そうではないかという空想、仮想しか述べられていません。個人の名前を出して公に批判する以上、その責任はあると思います。失礼ですが、今日のバラエティー番組で芸能人が事実も知らずに無責任な発言を繰り返しているのと同じように思えます。特に個人名を出して批判する以上、自由であると同時に責任も大きい筈です。また、あなたの仰有っている教育論もはっきりわかりません。公に個人を批判する以上、事実をもっと知った上で評価すべきだと思います。貴方のおさえている事実は、あまりにも表層的、一般的画像的ではないでしょうか。何か恐ろしい風潮に思えるのです。

    • 「事実」、「事実」とおっしゃいますが、その「事実」とは一体何であるのかと問いたいところです。丸谷先生様のご指導や指導を受けた生徒のその後の人間形成云々おっしゃっていますが、そういうTomさんはすべての事実をご存知なんでしょうか。それを知っていなければ意見を述べられないんでしょうか。(言論の自由ってそういうものなんですか?そんなバカな!)

      私は限られた情報から私なりに隠されたものを推測しようとしているわけですが、個別の話をしますと、少なくとも、丸谷先生様様が、「生徒に罵声を浴びせている」、「名誉教諭」なる称号を与えられているのは事実でしょう。(やらせか、嘘つきばかりでなければ)
      少なくともこれらの確認可能で合意が得られているであろう事実に対して私はおかしいと解釈して、意見を述べているわけです。もちろんその意見が正しいかどうかは批判の余地がありますが、プロセス自体は否定できるものでしょうか。

      実は、Tomさんが仰っていて、私を従わせたいであろう「事実」とは、事実ではなく、私と同じくその解釈ではないでしょうか。そのことをもっと自覚されるべきではないでしょうか。

      もっと書きましょう。たとえばTomさんが引き合いに出している、「今日のバラエティー番組で芸能人が事実も知らずに無責任な発言を繰り返している」というのは、果たしてあなたの強調しているような「事実」でしょうか。それも限られた情報を解釈した上での意見ではないでしょうか。人に事実、事実とおっしゃるわりには、やっぱりご自身は意見と事実の区別がファジーで、随分大雑把な憶測を言うものだと私には思えてならないのですが…。もっとよく考えてみてください。

      私は丸谷氏個人はたまたまテレビに映っていた、よくいるタイプの典型として今回取り上げただけで、別に個人的な恨みがあるわけでもなんでもありませんが(まあお近づきになりたくはないのは確かですが)、こんなところでまで丸谷先生丸谷先生とまるで教祖を崇拝するように褒めちぎっている人が何人もいることのほうが(しかもおそらく現役の生徒や若い人であろうにもかかわらず)権威主義的なおぞましさを感じます。

      だからこそ別の見方もできるのではないかとこうして書いているのですが、それに目くじらをたてる人がこうも多いという「事実」が、なおさら胡散臭さを醸し出しているように思えます。

      まあ、自分もまだまだ若いと思っていますけど、個人的には若いうちはたとえ馬鹿にされてももっと常識を疑って、先生や偉い人のいうことに積極的に堂々と反対してみたほうが面白い人間になれると思うんですが意外と保守的な人が多いんでしょうか。

  20. 魚の揚げ物 より:

    こんな記事を書く暇があるのであれば、一度丸谷氏とお話してみてはどうでしょうか。
     テレビでは「編集」が必ず伴います。ですから一度、ご自身の目で淀川工科高等学校吹奏楽部の実態を見て、記事を書いたほうが良いと思います。
     ちなみに私は丸谷氏とは何ら関わりはありません。

  21. あなたが会う手はずを整えて身の安全を保障してくださるなら考えてもいいですよ。(私も暇じゃないのでいちいち真面目に答えるのが面倒くさくなってきましたすみません)

    それにしても、ほんとそこまでしてかばいたくなるものでしょうか。

    ですが私は優しいので改めて要点をまとめてあげますと、

    1、事実がどうであれ、少なくとも下で述べるような教育上問題と思われる状況を肯定するような作為的な編集をした番組制作者の責任は大きい。

    2、丸谷氏が指導の上で口汚い暴言を吐いているような人物であることはこれまでの情報から事実と思われる。これは教育上不適切であるし、競技での実績があるから看過できるという発想は、昨今問題視されている体罰等の肯定につながり危険である。

    3、丸谷氏が名誉教諭なる称号を得ているのは事実である。たとえ丸谷氏が望んだことでないとしても一高校教員に名誉職を与えるなど前代未聞であるし、定年後も現場に関わらせているとしたら組織として不健全である。特に公共性が高い公立の学校の振る舞いとしていかがなものか。

    4、私が収集した情報から、カルト宗教的体質、100歩譲って丸谷氏自身がそのように振る舞っていないとしても丸谷氏を教祖のように依存的にまつりあげているという推測は、これまでのコメントの内容から裏付けられていると思われる。

    以上。

  22. 魚の揚げ物 より:

    まあ、あなたが行きたくないと言うのであれば、それでいいんですけどね。私には強制する権利もありませんし。

     ただ、これだけは覚えておいてください。あなたに淀工を批判する権利はあっても、手出しする権利はありませんからね。
     

    • 手出しするってどういう意味でしょう?角材や鉄パイプを持って殴りこみにでも行くということでしょうか?
      だとすれば被害妄想もいいところですね。直接利害関係のない団体や人物をそれほど庇い立てできるのはある意味すごいと思います。

  23. J. I. G より:

    私は近年、とある強豪(?)の吹奏楽部がある高校を卒業しました。また、幸いなことにも淀工と共演する機会にも恵まれ、素晴らしい経験をさせていただきました。
    私の部の顧問も非常に厳しく、罵倒も浴びせ、そのまま帰ってしまうことも多くありました。私たちも非常に悩み、苦しみました。今思うと、よく耐えられたなと思います。
    しかし、先生が怒っていた事全ては私たちが本気を出さず抜いていること、何度も注意されても直さないことなど、私たちに非があり、先生は音楽を良い方向に持っていく為ゆえの言葉でした。泣き出す人は1ヶ月に1回どころではありませんでしたが、皆その事を理解し、自分を追い詰めて努力した結果、最後に素晴らしい形で引退することが出来ました。
    もし、先生が厳しい口調で言うことが無かったらどうなるでしょうか?部員は自分に甘くなり、欠点を直そうともせず、限界を作らず妥協する…そんな所は全国大会はおろか、県大会でも良い結果を残せるか疑問です。
    淀工と共演する事が伝えられたとき、とても不安でした。丸谷先生は鬼のような怖さだと聞いていたからです。リハーサルの前、一人の淀工の部員さんがきて、私たちに一人ずつ「リハーサルの時間が遅れてしまいすいませんでした」と言っていました。私は何だろう?と他の人に聞いてみると、その部員さんは本当に小さな誤りでわずかに予定が遅れている、(私たちは遅れているのが分からなかった)という事でした。予測通り怖いんだなぁと震え上がりましたが、リハーサルでは丸谷先生はとても明るく面白く、もちろん厳しく指導もし、しかし何より特筆すべきなのは、淀工の部員全員が常に精一杯音楽に取り組み、音楽を心の底から楽しんでいるという事でした。私は淀工の「上手さ」より「真剣さ」や「まっすぐさ」に感動しました。それは他の人も感じていたようで、そこから私たちの部の雰囲気や勢いもがらりと変わりました。
    先生の罵声は、1度も部員を侮辱したり、精神的に破綻するものは1つもありませんでした。丸谷先生も同じでした。逆に先生は誰よりも私たち部員を思っての言葉でした。
    先に述べた淀工生がどこかに就職をするとします。その淀工生は、仕事を妥協するでしょうか。結果を見てすぐに諦めるでしょうか。それが他の高校生よりする確率が少ないのは自明です。
    ただ音楽を極めると言うだけではありません。この吹奏楽部での経験を活かして、立派に社会へ巣立って欲しいと先生が誰よりも思っているからこそ、そのような厳しい言葉を言うのです。その事は卒業すれば誰でも分かります。
    そういった当事者の想いをただ番組1本を見ただけでカルト集団だの、体罰だのと書かれると、私たちが今まで悩んだ日々、死に物狂いで努力した日々、私たちが抱く夢や先生方が抱く生徒への想いを全て否定されているようで、非常に、非常に腹が立ちます。

    • コメントを友人に見せたところ、「奴隷根性」だと言い表していてまさに的確だと思いました。
      将来、過労死したりさせたりするようなことがなければよいのですが。

  24. J. I. G より:

    奴隷ですか…?笑
    どこが奴隷なんだか具体的に説明お願いいたします。
    少なくとも私は貴方のようにやられたら引きこもるタイプではなく反抗するタイプなので、隷属などしませんがね笑
    世の中の吹奏楽部の皆さーん、先生について一生懸命やっていると、奴隷に思われるみたいですよ笑
    それから、過労死なんてしませんよ。そこまで追い詰めませんから。本気でやり遂げた事、貴方はありますか?辛い日々が報われたその時は、言葉では現せないほどのものがありました。部活以外でもそれは同じことです。勉強だって、自分を追い詰め、最後には志望校に行くんだと言う気持ちでやるじゃないですか。もちろん上手くいかないことの方が多いですが、自分を追い詰め夢に向かって突き進むことは素晴らしい事でしたよ。
    何でも良いから、何かに本気で向き合ってくださいよ。やったことがないからこんな記事をかくんですよ。
    出来れば検索したら一番最初に出てくるこの記事、一秒でも早く削除して頂きたいのですが…

  25. J. I. G より:

    それから、私の中学時代は運動部に所属していましたが、自ら進んで吹奏楽部の中に入って行ったし、誰よりも吹奏楽が好きだと言う自信があります。
    奴隷根性などと勝手に決めつけないでくれませんか?

  26. >出来れば検索したら一番最初に出てくるこの記事、一秒でも早く削除して頂きたいのですが…

    検索エンジンで上位表示されている責任は私にはありませんし、単に、主張が気に入らない、不快であるからというだけで消えるべきだというのは、社会における思想や信条の自由という観点からしても危険な発想です。
    一体何のために高校に行って、何を学んでいたのか、また教員は何を教えていたのかと言われても仕方ありません。

    他にもいくらでも突っ込みどころはありますが、結局、そんな言葉が出てくるということは、いくら誇ろうとも空虚さを晒しているだけです。

  27. J. I. G より:

    話しても無駄な人か。
    本当に悲しい人ですね。

  28. ナクカ・ジキソク より:

    これまで、この記事を投稿されてから約1年間、あなたの意見に擁護、賛同される方が誰ひとりもいないのは何故でしょうか?
    そこに違和感は感じませんでしたか?
    (おそらく、反論されるネタはたくさんお持ちだと思われますが・・・)

  29. >これまで、この記事を投稿されてから約1年間、あなたの意見に擁護、賛同される方が誰ひとりもいないのは何故でしょうか?
    そこに違和感は感じませんでしたか?

    別に感じません。むしろそういうものだと思っていますがそれがなにか。
    そもそも誰一人もいないというのは誤りですね。これだけ長ければコメントを全部読むのも面倒くさいでしょうが、それならば勝手な思い込みをわざわざ書く必要はありません。

    いい加減鬱陶しいですので、今後はこの類の、本文や返信をちゃんと読んでもいない、中身がないと判断したコメントは承認しませんのでそのおつもりで。

  30. たつや より:

    OBです。仰る通りの現実がそこにはあります。
    ヒトラーみたいな独裁吹奏楽部であり、自分の意思に反する者は排除するという事が日常茶飯事でした。
    自身も阿保だの頭悪いのぉ!とか言って打楽器のバチでどつかれたこともあります。
    演奏に関しても淀工=上手いというフィルターのもと聴いているからそうなのであって。。。
    ブラインドで聴くと全国金賞なんてとんでもない。。。
    そこには金と地位と名誉に溺れた教師がいるだけである。
    卒業してからも淀工吹奏楽部だからと言って偉そうにする輩も山ほどいます。
    あなたの意見を支持します。

  31. 響け! より:

    ブログ主のの意見に賛同される方はひとりもいない、と言われると、それはちょっと違うんじゃないですか?と思ったので、コメントさせて頂きます。私は、このブログ主のような意見が出てくるのは当然だと思います。

    いまスポーツ界で、体罰反対の立場で名将とされている人たちも、若い頃は体罰していたと聞くこともありますよ。時代の変化、人の価値観の変化に対応して、常に修正しつつ成果を上げているからこそ、名将なんです。旧態依然とした指導をしていたら、たとえ成果をあげていたとしても外部から指摘、批判されるのは、当然のことではないでしょうか。世間から取り残されている事に気づいていないだけです。

    また、吹奏楽を好きな人ならば、その代表みたいな先生を批判されるのはすごく辛いことですが、それ以上に闇雲に周囲がかばい立てするのは、自浄作用のない集団であることを証明しているようなものです。年老いた先生が悪いのではなくて、祭り上げている周囲の人間が悪いのではないですか?

  32. 通りすがり より:

    私も全国大会出場経験があります。今にして思うと洗脳そのものでした。
    吹奏楽や高校野球を否定するわけではないですが、全国金賞や甲子園出場って、世間からしたら「へえ、すごいね」で終わりです。
    価値観は人それぞれですから、金賞や甲子園が無意味とは言いませんが。。。

    そもそも「音楽」って誰かにしごかれて表現するものではないです。
    これほどまでに賛美される淀高吹奏楽部ですが、世界で通用する「音楽家」となった方はいらっしゃいますか?
    それが答えではないでしょうか。

  33. ダンサー より:

    全国で毎年金賞を取っている吹奏楽部出身者です。暴言、暴行の日々を過ごすと「これが当たり前。殴られたのは私が上手くないから悪いんだ!センセイの為に!みんなの為に!」という思考になります。洗脳番組をみたとき、まぁーびっくり。洗脳の仕方が吹奏楽の顧問のやり方と同じではないですか。洗脳が解けるのって難しいんですってね。きっと擁護してる方は洗脳が解けてないんでは……?と感じてしまいました。こんな横暴なやり方はダメだ!という意見がなかなか通らないのが怖いな〜日本。
    にかく日本の野球と吹奏楽はオカシイ。

  34. ハシゲ より:

    コメントの方向性が極端に変わりましたが、公開するコメントの方向性を選んでいらっしゃるのでしょうか??

    あと、大変恐れ入ります。丸谷氏の罵倒は具体的に何と言っていたか教えていただけますでしょうか?当方で録画が残っている笑ってこらえてではなぜか一言も罵倒と取れる言葉がありませんでした。

    私自身は記事自体に肯定も否定もするつもりはございません。
    ただ、どのような発言が管理人様の琴線に触れたのかが気になりコメントいたしました。

  35. 公開するコメントの方向性を選んでいるというのは、私が情報操作しているという意味ならそれは邪推というものです。全く中身が無い罵倒しか書かれていなかったり、差別発言と判断したものでない限り、コメントは公開するようにしています。以前書いたように、内容も読まずに同じような話を延々と繰り返すコメントも相手にしないつもりですが、警告してからは今のところ投稿されていません。
    そもそもないものは選びようがありません。捏造すれば別かもしれませんがそこまで暇ではありませんし性根が卑しくないつもりです。

    もう随分前ですし、わざわざ録画するほどの価値があるものではなかっため、いちいち細かい発言は記憶していません。
    その笑ってこらえてという番組の編集でも公開する言葉を選んだ上で放送しているのかもしれませんね。

    なお、琴線に触れるという表現は、ふつう良い意味で感銘をうけたものに対して使います。私が見た番組での丸谷氏の発言が琴線に触れるようなものでは決してなかったことだけは確かです。

  36. 匿名 より:

    とても共感する記事でした。
    私自身関西のそれなりの高校にいましたが、この高校はいつも同じ曲、いつも同じ構成のマーチングだけを先生の言いなりになりながら延々とこなす高校…練習風景ももちろんこの目で見ました。
    こういうことを思ってても言う人が少ないので、とてもスカッとしました。ありがとうございます。

  37. 吹奏楽経験者より より:

    私も吹奏楽経験者として一言。全国大会常連校によくある話です。丸谷先生の罵声やバカやろーは関西だから普通なのだと思ってました。
    吹奏楽部は課外クラブですから教育の現場ではありません。そこが問題の発端です
    教育委員会や学校関係者が関与してないので指導者のやりたい放題世界です。誰もが洗脳や悪意はありませんが、コンクールに勝つためには厳しさや罵声、差別が当たり前になってるアマチュア洗脳世界です。
    私はその方向に進む意味合いもわかります。しかし、それについていけない生徒の現状もよくわかります。
    世の中、平等ではないからです
    結果主義、個人ではなく団体主義です

    外の世界から見たら違和感のある吹奏楽世界、だから一般的に認知してもらえないのだということを吹奏楽関係者は理解する必要があります

    吹奏楽の世界を広めて認知してもらうには、このような意見も大切だと思います!

    • コメントを多数頂いていますが、取り急ぎ一点のみ。
      課外クラブは教育の現場ではありませんとありますが、これは大きな誤解です。部活動などの課外活動は、あくまで教科教育課程外だというだけで、法令で定められた、れっきとした学校で行われる教育活動の一つです。そうであるがゆえに尚更私は問題視しているのです。

  38. 通りすがり より:

    こんにちは

    僕は大阪出身でヨドコウとはライバル関係にあった全国大会常連校でした。
    現在は東京でプロとして活動しております。

    学校の教育の一環である吹奏楽部の目標は
    音楽の素晴らしさを体感する事
    仲間と過ごす時間を分かち合う

    コンクールの上位結果で入学者の増加が見込まれる
    これは野球部でもサッカー部でもどこでも一緒。

    色んな学校が教育の一環である吹奏楽部を学校の看板にしています。

    そうするとどうでしょうか、本当に結果を出し続ける学校はいつまでたっても入れ食い状態の優秀な新入生が入り続けますね、その結果一極集中が色んな地域で起こります。
    集中した学校の先生は本人の知らないうちに地方の吹奏楽のボス的存在に勝手にされます。(もともとなりたい人もいますがwww)
    ボスの元、生徒たちには先輩たちの残したコンクールの結果、伝統を受け継ぐ使命感が生まれます、だから頑張って先生に喰らい付いて必死に頑張るんですね。
    まぁこれを洗脳と呼ぶのかどうか。

    野球選手が自分のチームを優勝するために頑張るのも洗脳
    巨人が優勝すれば喜ぶのも洗脳
    サッカーの日本代表を応援するのも洗脳ですね

    音楽の素晴らしさを学ぶのか人として頑張る(頑張らす)ことを勉強することが大事か
    芸術なのか教育なのか
    言いなりなのか尊敬してるから食らいつけるのか

    生徒は音楽が大好きです
    コンクールもいい賞を残したいって目標を掲げて入学してきます。

    まぁ少なからず挫折者も出る中、いい賞が取れようが取れまいが三年間を素晴らしい経験(個人の思い出として)を積んで人としての経験を積みます。
    ↑↑
    ここでまずこの人たちの思い出を第三者がどーのこーの言う必要はないと思います。
    なのでこの書き込みに熱い思いをぶつけてくる人たちの怒りはここから来てますね。

    色んな大人がいる中で、本当に怒ってくれる人が大嫌いな人もいますので、学校の先生にずっと反発して青春時代を過ごした人からするを馬鹿なことしてるなあと思われるのはごもっともですね。
    途中で先生との相性のせいで挫折した人たちは音楽を好きなまま辞めざるをえない、傷ついて追い込まれたことでしょう。
    残念ですね、歯を食いしばって頑張って続けたら年を取っても思い出を語り合える仲間がいっぱい残ったのに。
    この思い出を清算するために先生が悪かったことにすると気が楽になるのでしょう。
    ↑↑あなたの書き込みに対しての同調される方

    次に音楽に対しての姿勢として
    音楽のレッスンは人によりますが、まぁ僕が音楽大学で受けたレッスンも高校時代のレッスンも罵倒罵声ですよwww
    「おなえなんかやめちまえ、無理だ」
    「そんな難しいことできても金を取れねえぞ」
    「大阪に帰れ」ですねwww

    本当に自分はダメだなぁ、どうしたらいいか、毎日考えさせられます。

    おかげさまで現在東京で詳しくは言えませんがまぁあなたもテレビを見ていれば絶対僕の音は聞いたことがあるような立場のミュージシャンになれました。

    なので互いに信頼関係のある愛情のある罵倒。
    これは若いうちに経験がないとわかりません。

    なので人それぞれですが、このような公の場でジャンケンのような問題文を掲げるのはどうかと思います。

    • 貴兄がどのような社会的地位にあるのかは私には関心がありませんし(テレビはあまり見ないもので尚更)、支離滅裂な文章でいくらでも突っ込みどころはありますが、少なくとも、単なる個人的感情やルサンチマンで批判をしているのではありません。
      逆に、貴兄のようなあくまで特殊な環境での体験や思考を安易に一般化して賛美し、優れた人間であるかのようにみなす社会的風潮を疑問視しているのです。
      そうやって、ドロップアウトせざるを得なかった人の生き方を理解せず、劣ったものとして見下しているところからも、私の問題提起が的を射ている事を表しているのでないでしょうか。

      • チルチル より:

        本文もコメントも全部拝読しました(のでこの時間になってしまい、社会人としてどうなのか自分^^;)。
        私は「通りすがり」さんのコメントは良コメントだと思います。
        鵺さんの本文を読んだとき、そういう見方があって当然、と感じていましたが、コメントへの対応のされ方を見て「そうでもなかったかも。。。」と思ってしまいました。

  39. 指導者失格 より:

    日本の部活の吹奏楽は音楽をやっているように見えますが、全く音楽とは別の物です。私自身20年以上、吹奏楽部の顧問を務めてきました。しかし、途中退部する生徒が多く、頭を悩ませてきました。練習は内容、時間ともに標準的なものだと思います。ある時、辞めたいという生徒に理由を尋ねたところ、「全然楽しくない。」と言われ、ショックを受けました。そして、保護者からの多くのクレームに精神的苦痛を受け、休日のない過度の勤務などが原因となりうつ病に罹り、今は、指導からは完全に離れていて、指導者として復帰するつもは毛頭ありません。あのような思いは二度としたくないです。同じような経験をした先生は沢山いると思います。部活は教師にとっても大きな負担になっています。家族も犠牲にしなければなりません。
    私は丸谷先生のことは尊敬しています。教育現場の吹奏楽部が抱えている多くの矛盾点や問題点を全く、感じない鈍感さ、あるいはそれらに気づいていても無視できる強靭な精神力を尊敬申し上げています。丸谷先生は吹奏楽コンクールという「格闘技」の優秀な監督です。どうしたらこの「格闘技」に勝利できるかを試行錯誤でノウハウを獲得した優秀な監督です。改めていいますが、部活の吹奏楽部は音楽はやっていません。

    • うつ病で苦しんでおられるとのことお察しします。

      教員が部活動の顧問を半ば強要されて長時間拘束されたり、保護者から無茶苦茶な要求を受けたりすることがようやく少しずつ社会的に問題視されるようになってきましたが、現場の心ある先生たちは、政府や文科省の政策を含め、各方面からの要求されるものは増える一方で大変かと思います。
      決して個人の資質のみに帰することではありませんので、どうか指導者失格などと思われずに療養なさって下さい。

      確かに、丸谷氏もさすがに長年続けているわけですから、問題点や矛盾も承知の上でなのかもしれませんね。彼の中でそのような現実に対する葛藤があるのだとすれば、テレビ番組ではそれを素直に放送してくれればよいのにと思いますが、それだと視聴率が取れないし、世間も喜ばないのでしょう。

  40. 吹奏楽経験者ですが より:

    70歳近いのに「名誉教諭」の称号を得て強権を握っているとの違和感はわかります。
    丸谷氏は、「名誉教諭」であるだけでなく、全日本吹奏楽連盟理事長、つまりコンクールの主催者であり、コンクールの審査員の選任に関与する立場にあります。
    丸谷氏の悪口を言っただけで吹奏楽界から追放されることはないと思いますが、理事長就任後もコンクールに出場し、全国大会連続出場記録を伸ばし続けることについて苦々しく思っていても、それを公に発言できない関係者がいることはお察しください。

  41. kei より:

    小学校の音楽活動クラブ(授業)でボランティアをしています。
    卒業生が中学で吹奏楽部に入り、プロ講師に「こんなこともできないのか、○ね!」等の言葉の暴力を受けているとしばしば愚痴を言いに来るので非常に心苦しい限りです。はっきり言ってそのような指導者は教育現場に必要ないと思います。彼女はまだ洗脳されていませんが、同級生の何人かは信奉しきっているようです。
    また、他の中学の事例ですが、コメント内の論文にあるような「先輩や指導者から渡された、もしくは指導されたものをそのまま踏襲することによる思考停止(しかも間違っている)」が見られたので、一から楽典(音楽の理論です)を教えたこともあります。

    私自身、中高は非常に自由な吹奏楽部に所属し部の運営は生徒自身が主体、大学は軽音楽部。音楽(授業)の先生はずっと声楽科出身の方ばかりで非常に刺激を受けました。一日5時間以上練習することもありますが、今でも音楽を続けているのはその魅力に憑りつかれているからであって、顧問というカリスマに洗脳されてのことではありません。
    音楽は楽しむものです。罵倒されてやるものではありません、たとえそこに「愛(笑)」があったとしても。

  42. 地方業者 より:

    こちらの記事は何度か拝見させて頂いておりますが、再び目にする機会がございましたので初めてコメントさせていただきます。

    ある地方のしがない外部業者として音楽教諭の方々や吹奏楽・音楽系の部活動や子供達に関わらせていただいております。
    コメントのやりとりも改めて全て読ませていただきました。
    怒りを露にされている方々のお気持ちは察しますが、管理人様の問題提起とはかけ離れた議論をしようとする方しかいらっしゃらず(そしてそれに気づかず)、最初からすれ違っているように感じます。

    問題とされている所謂スパルタ指導(指導と言っていいのかも複雑ですが、とりあえずこう表現します)を耐え抜いて「結果」を手にしてきた方々とすれば、全て正しかった!と思わざるを得ないのでしょう。
    奴隷根性とはドンピシャな表現です。あるいは社畜根性とでも言いましょうか。
    それらに耐え切れず解放の道を選択した子供達は、「根性がない」「やる気がない」「使えない」などと往々にして切り捨てられているのが現状です。

    もちろん全ての現場が同じではありません。
    私の知る先生方には部活動も教育現場の一つであることを忘れず、粉骨砕身の努力で生徒の育成に励んでいる方々もいらっしゃいます。
    そのような先生方の指導現場には共通して、体罰や暴言は存在しません。
    子供はのびのびと学び、考え、打ち込み、自立していくのを目にしています。
    叱るときもあります。が、「怒る」のではなく「叱る」のです。

    管理人様の仰るとおり、音楽業界…さらに言えば吹奏楽業界などというと社会全体でみればごくごく小さい世界です。この国では特に顕著です。
    そんな小さな世界の小さな賞一つに挑むのに、プロの世界は結果至上主義でご自由に…と思います。
    ただ教育現場で取り組む場合、重視することは結果ではなく過程、更に言えばその過程を生み出す自主性のはずです。
    それを無視して結果が出たからいいでしょ?なんて言い草は間違っても教育者のするものではないし、認められていいはずがありません。

    子供を育む環境を今一度色々な方に注視していただきたいです。
    第3者として関わっているものとして、思うところあり長文失礼いたしました。

  43. ぷー より:

    いろいろ読ませて頂き、何を申してもそれは、今までの歩んできた環境からの考え方なので、そう考えてる方がいるんだ、ぐらいにしか思いません。
    でも、ひとつだけ引っかかりました。
    関西の方ではないのでしたら、関西弁は暴言にしか聞こえないはずです。
    そこからの愛情が分かるのは、やはり関西に暮らして長くないと難しいかもしれませんね。
    ましてや、ドキュメンタリーで抜粋されているなら言葉使いにびっくりされるのは間違いないでしょう。
    あなたが暴言と感じとられた言葉は、その地に根付いている愛情たっぷりの言葉。
    暮らしてみないと分からないです。

    • また一日に多数のコメントを頂いていますが、調べてみたら2ちゃんねるにURLが貼られているようですのでその影響でしょうか。

      私はさほど愛着があるわけではありませんが大阪で生まれ育ち、今は京都に滞在しています。
      私も今でも親しい友人とはアホやら死ねやら言い合う時がありますが、あくまでそれは対等な立場で、しかもプライベートな場で、冗談を言い合う時に限ったものです。

      一方、大人からの暴言は暴言でしかありませんでしたし、今でも目上の人に上のようなことを言われれば不快ですし恐ろしさを抱くでしょう。地域的なもので正当化できるものではなく、暴言は暴言であって傷つく人は傷つくことを見逃してはならないと思います。パワハラやいじめを正当化しかねない危険な論理です。

  44. 匿名 より:

    丸ちゃんなんて客寄せパンダですよ。
    それも分からず、それに気付かず、神格化してる周りが悪い。
    丸ちゃんが振れば「凄い!」ていう子供たち…。正しく北朝鮮ですわ。

    大阪音楽大学の使徒たちによる吹奏楽の定期演奏会で丸ちゃんが指揮振ってますが、はっきり言って下手くそ。演奏が止まる寸前の時もありました。
    まあ…演奏してるのが、日々音楽を専門に勉強してる生徒たちばかりですから
    さすがに曲は止まりませんでしたが…。

    宗教者まがいのオーラや権力はあっても、音楽的実力は欠片もない。
    それが丸谷明夫です。

  45. 指導者失格 より:

    私がドキュメンタリーを見て一番違和感を感じたのは、ラベルのダフニスとクロエ第2組曲の冒頭部分のクラリネットをつかまえて何度もしつこく「合ってないやんけ!」「合ってないやんけ!」と吹かせているところでした。少なくとも、どこがどう合っていないのか生徒に伝えるべきで、少なくともテレビではそういう言葉は一切、聞かれませんでした。ただ、罵声を浴びせているだけでした。これははっきり言って音楽のレッスンとは言えません。ただの時間の無駄です。生徒にはどこが合っていないのか、どうしたら合わせられるのかをアドヴァイスするのが、指揮者の役目です。おそらく丸谷氏も合っていないことはわかるが、どうしたら良いのかは、さっぱり分からないのでしょう。結果、苛立ちから、罵声を浴びせるだけの指導になってしまうのだと思います。
    吹奏楽部に所属している生徒が、音楽大学を受験するため、レッスンを受けに先生の所に行くと大抵の先生は「部活は辞めなさい」と言います。つまり、部活で身に着けた奏法は正しくないということです。野球部員がプロのスカウトから、ドラフトに指名するから野球部は辞めなさいとは言われませんよね。
    それだけ、部活の吹奏楽部は異質な世界なのです。
    これだけ吹奏楽が盛んなのに、金管楽器、特にトランペット奏者で世界的な奏者がまだ日本から出てこないのは、部活の吹奏楽の間違った指導のせいだと指摘する人もいます。丸谷氏のような「素人」が第一人者として君臨しているのは、日本の吹奏楽界の矛盾の象徴だと私は思います。

    • 現場にいた方からの具体的な指摘は参考になります。ありがとうございます。
      事実であるなら、指導の名を借りた単なる罵詈雑言に過ぎず、丸谷氏がコミュニケーション能力を著しく欠いており、指導者として無能である証拠だと思いますし、番組制作者や視聴者がその光景を肯定的に捉えているならば、教育以前に人に物を教え伝えることがなんであるのか全く理解していないと言わざるを得ません。

      野球部の名門校でも同じような指導といえない指導は蔓延っているようですが、それでもプロは輩出しているわけですから、仰るとおり、学校吹奏楽とクラシックなどの音楽の演奏の間には大きな隔たりがあって両者は全く異質なものなのでしょう。

  46. お気の毒ですが、さすがにもう丸谷氏や吹奏楽の世界の体質に問題がなく、ただ賞賛するのは分が悪くなってきたのではないでしょうか。

    あまりにも低劣で承認しなかったコメントに、「外野が何を言っても雑音」というものがありました。仮に吹奏楽関係者であるとすれば、こういうことを言う人が存在すること自体が異常性を物語っています。高校で行われている課外活動であるという自覚が全くなく、まるでオウム真理教やヤマギシ会のような社会から隔絶したカルト団体の発言です。著しく自浄能力を欠いていることの証左でしょう。

  47. 指導者失格 より:

    文科省は学校の吹奏楽の問題に本腰を入れて取り掛からなければなりません。まず指導者の質の向上です。少なくとも丸谷氏のような「素人」は排除すべきです。最低でも音楽大学を出た音楽科の教員を顧問として採用し、吹奏楽の知識と指導法を教え、資格を与え、この資格がなければ指導出来ないようにすべきです。教員免許が無ければ、授業は出来ないのになぜ部活は「素人」が指導できるのでしょうか。運動部も同じだと思います。「素人」が教えているために、事件や事故が起きるのです。日本の部活動はあまりにもずさんです。ずさん過ぎます。良識ある多くの現場の先生方はこの事は気づいているのですが、文科省が動かないために、結果多くの子供たちが犠牲になっています。何とかしなければといけません。

    • 確かにごもっともですが、そのような専門家を指導者として迎えるには、吹奏楽部に限っていえば、吹奏楽そのものの自己規定を問い直す必要がありますが、内部の人間にそのような自浄能力があるのかということ、吹奏楽部に限らない面では、適切な教員候補が果たして足りているのか、また、雇用するほどの余裕があるのかという疑問が湧いてきて、問題意識がはっきりと認識され、改善されるまでにはまだまだ道は遠そうです。

  48. 淀工OB より:

    このような劣悪な環境から子ども達を助け出すのは簡単で、公益通報制度を使って調査させれば身を引くしかなくなるでしょう。

    が、それによって目標を見失った部員達が生まれるのも事実です。
    大半の生徒は3年間の宗教活動を終えると、それぞれの人生を楽しんで歩んでいます。

    淀工の生徒は大半が就職するので、吹奏楽の世界の狭さに気付き、卒業後に学校に来ても丸谷氏の事なんて全く気にも掛けてないので、あくまで生徒達にとってはその程度の人物だという事です。

    • 公益通報制度は主に労働者の内部告発を保護するための制度ではないのでしょうか。
      他のコメントを見ますと、こちらの淀工OBさんとは違って、卒業後も自分のいた世界の狭さに気付かず、傲慢な態度を振るい続けているOBも相当するいるようですが…。

      • 淀工OB より:

        大阪府の公益通報制度は、外部からの通報にも対応しています。
        参考までにURL貼っておきます。
        http://www.pref.osaka.lg.jp/houbun/humin_tuhou/

        過去の通報例を見ても、外部から学校関係者に対する通報が多いことがわかると思いますので、管理人の方が本気で子ども達を救う気持ちがあるのであれば通報を検討してみてはいかがですか?

        • 通報内容を確認しましたが、確かに、外部からの通報も可能のようですし、教員も対象になっていますね。

          しかし、別に丸谷氏は明確な法令違反をしているというわけではないでしょうし、物的証拠もないわけですから、私が公益通報制度を利用しても無意味だと思います。

          直接の関係者が被害を受けた証拠、たとえば音声をこっそり録音するなどして提出するなどすればまともに取り上げてくれるかもしれませんが、そもそも暴言が公共の電波で問題視されずに放送されていたわけですから、尚更外部の人間が物を言っても難しいでしょう。

  49. ぴー より:

    学生時代の私は、先生から理不尽ことを言われても、どんなに辛い練習を強いられても、「ここで味わった辛い経験が後の人生に活きてくるんだ」「今こんなにキツイんだから、社会の荒波に飲まれても耐えられるはず」「先生は私たちのためにひどいことを言っているんだ」と思っていました。
    辞めていく部員たちに対して馬鹿じゃないの?恥ずかしくないの?くらいに思っていました。
    高校を卒業して6年たちますが、私が部活で経験したことは、ほとんどが意味の無いものだったと感じています。
    ただキツイだけだったなぁと。
    キツイことを経験した分、人に優しくなれる人ってすくないんじゃないんでしょうか?
    私は吹奏楽部で培ったわけのわからない「皆同じでなければならない」「皆で頑張らなきゃいけない」という信念のせいで、進学先で友達をなくしてしまいました。
    今振り返ってみれば自分がアホすぎて恥ずかしいです。
    吹奏楽というものは大人数でするものなので、ある程度「洗脳」をしなければ統率がとれないんだなと、今になっては思います。
    コメントに「吹奏楽は音楽ではない」と書かれている方がいらっしゃいましたが、まさにそうです。
    学生の吹奏楽は、何千何百回フレーズを繰り返しても、全く同じに演奏できるロボット集団だと思います。
    ロボット集団を作るには、洗脳することも必要になってくるのかな?と・・・。
    学生時代思いっきり洗脳されて、ロボットのように楽器を吹かされて、心から音楽を楽しめなくなってしまいました。
    私の中では「音が苦」のままです。

    • >キツイことを経験した分、人に優しくなれる人ってすくないんじゃないんでしょうか?
      私もそう思います。若いうちに苦労することがそれだけで価値あることのようにまことしやかに流布しているように思いますが、自分が苦労したからといって人の苦労を我が身で感じられるかは別の話なのではないでしょうか。むしろ、ぴーさんのように、ご自分の生き方を反省したり、自分がなじんでいた環境を批判できる人のほうが珍しい気がしますが、果たしてどこが分かれ道なのでしょうか。

      ところで、たまたま芸術学の本を読んでいますが、その本によると、芸術の特徴の一つは自己目的的であることだそうです。つまり、たとえば音楽の演奏が芸術であるならば、賞をとったりするためではなく、ただ美しい音楽を奏でることそのものが目的であって、確かに競技などの側面はあるものの、それは本質的ではないということです。そうであるにもかかわらず、やれ金賞だの実績だのという面ばかりが強調されれば、芸術としての音楽の本質を捉えそこねているし、「吹奏楽が音楽でない」というのもうなずけます。プロのオーケストラなどではどうなのでしょうね。「洗脳」は克服できているのでしょうか。
      ともあれ、音楽そのものの体験を取り戻すことができればいいですね。

  50. 指導者失格 より:

    日本に西洋音楽が入って来た明治時代、欧米のような伝統が無いため音楽を勘違いして捉えたまま、現在に至っていると私は思います。一握りの天才はそういった影響を受けずに世界的な奏者、指揮者、作曲家として活躍していますが、一般の人たちは音楽を正当に評価する能力を身に着けられないまま大人になります。日本の音楽教育の問題点とも言えますが、その最たる物が、学校教育における吹奏楽だと思います。音楽活動ではなく、勝ち負けにこだわる「競技」です。コンクールの自由曲を選曲する際、顧問の先生から「この曲で勝てますか?」と聞かれることがあります。私は返答に困って、「まー、どうでしょうか?」といつも言葉を濁すしかありません。また、最近は難易度の高い曲ほど有利(勝てる)とされていて、これも異常です。生徒に過度の負担をかけますし、運動会じゃあるまいし、より速く指を動かせた方が勝ち、みたいな異常な方向にコンクールは向かって行ってます。審査員はプロの音楽家ですが、一体、何を聞いて審査してるのでしょうか。技術的には難しくない曲を良い音できれいにハーモニーを合わせることの方が、指を速く動かすより、難しいというのは音楽の常識です。吹奏楽コンクールはそういった音楽の常識からもはずれていっています。一体全体何を目指しているのでしょうか?また、生徒たちからも「この学校の吹奏楽部は”強い”、うちは”弱い”」と、まるで甲子園を目指す野球部員が口にするような言葉が聞かれます。この洗脳から一刻も早く解き放ってあげないと日本の吹奏楽の未来はありません。

  51. 指導者失格 より:

    学校の吹奏楽はコンクール至上主義にならざるを得ない事情もあります。私が新任として赴任した時、楽器が満足にそろっていなかったため校長に楽器を買ってくださいとお願いしました。しかし、校長に「まず、結果を出してください。」と言われ、はて、音楽で結果をだせとはどういうことだ?と悩みました。結局、分かりやすいのはコンクールで賞を取ることだと思いコンクールに出場するようになりました。先ほど、日本は音楽を正当に評価する文化がない旨の投稿をしましたが、金賞という分かりやすいものが無いと、評価が出来ないのです。学校に予算を要求するにも「強く」ないとダメですし、部員をより多く獲得するにも「強く」ないとダメなのです。そのバンドが良い活動をしてるとか良い演奏をしてるかどうかは評価の対象にはならず、あくまでもコンクールの結果で評価されるのです。巷で流行っている音楽(私は音楽とは思っていませんが)は、奇妙奇天烈でへんてこりんな曲ばかりです。曲が良いから流行っているのではなく、可愛いとか、ダンスが上手いとか、スタイルが奇抜だとか、音楽以外のことで評価されているのです。歌が下手なのに可愛いだけで人気がでる「アイドル」のようなものは欧米では考えられません。世間一般がこのような状態ですから、必然的に吹奏楽の評価も「強いか弱いか」で評価されてしまうわけで、結果、コンクールに血道を上げることになってしまうのです。

  52. ヤコブ より:

    はじめてコメントします。私も丸谷さんには理事長を辞めていただきたいです。淀工を指導されてる方が理事長では、審査が公平になされているのか疑問を抱いてしまいます。
    色々な学校があるので吹奏楽部の練習もさまざまかと思いますが、勝ちたいのは淀工だけではありません。

  53. 指導者失格 より:

    これは、あるホルン奏者の方が述べている言葉です。とても共感できる内容なので、紹介させていただきます。
    「わたしが自分の一生涯を使って取り組んでいきたいことは『音楽の教育から暴力を無くしていく』ということです。
    ある著名なホルン奏者は、アルコール中毒の父親に育てられました。子供の頃から寒い日でも街頭に立たされて、道ばたでのホルン演奏を命じられました。通行人から小銭を恵んでもらうためです。集まったお金は、父親に渡されました。もし稼ぎが悪いと、彼は父親に殴られました。そしてもう一度外に行かされ、演奏させられました。もし音を外したりすると、やはり父親に殴られました。このホルン奏者はのちに、世界最高峰まで登り詰めました。しかし常に人間関係に問題を抱え、最後は同僚に対する傷害騒ぎを起こして、オーケストラから退団するはめになってしまいました。
    たしかに、暴力や暴言によって厳しい圧力にさらされながら演奏を学ぶと、ごく一部のひとは非常に強靭になり、ミスをしない凄いプレイヤーになるようです。しかしそういうひとの多くが、大人になってから友人関係、結婚関係などがうまくいかず、アルコールや薬物に溺れたりします。また、自分の生徒に対しても同じような接し方をします。どれだけ素晴らしい芸術家になったとしても、健康や幸福を犠牲にして彼らが得ているものは、いったいどれほどの価値があるのでしょうか?わたしたちに素晴らしい音楽を聴かせてくれますが、それを演奏している奏者自身の内面や健康の犠牲のうえに成り立っているものを、わたしたちはよく考えもせず享受してしまってよいものでしょうか?
    そして忘れてはならないのは、暴力と暴言による圧力で成り立つ教育には、ほんの一握りの「生存者」と、大多数の「敗者」が生み出されてしまうのです。
    年齢やプロアマ関係なく、暴力と暴言で傷付き疲れ果てた音楽家たちは、もはや音楽を奏でたいという気持ちを潰されてしまい、音楽をしなくなってしまうのです。それは、この社会に対して、音楽文化の歴史に対して、大きな損失ではないでしょうか?
    20世紀までは、暴力と暴言の圧力を「ふるい」にして、そこで残った強靭さを持ったひとだけを集中的に育てればよかったのかもしれません。しかしそれは、「人」という社会最大のリソースを食いつぶすようなやり方です。人は、強さだけが長所ではありません。
    芸術を生み出す独創性、創造性、感受性。それを備えたひとたちの多くはむしろ、繊細で傷付きやすいひとたちです。
    音楽教育に、暴力や暴言はふさわしくありません。しかしわたしたちの多くは、残念ながらそういった教育を受けて育ってきていません。それの最大の悲劇は、わたしたち自身がその教育の犠牲者なのに、そういった教育しか分からないから、人を育てる側に回ったときに、同じようなやり方をどうしてもやってしまいがちなのです。」

    丸谷氏の暴言を肯定的に捉える発言も見受けられますが、暴言は暴言です。人の心を傷つけるものだと認識して欲しいです。

  54. 通りすがり より:

    元淀工吹奏楽部の人間です。

    鴉さんの記事を読んで、昔の思い出が鮮明にと蘇ってきました。
    同時に、元OBらしき方のコメントを読み、その無神経さに唖然としてしまいました。

    確かに3年間近くあの吹奏楽部にいて、楽しかったことはゼロではありません。
    「吹奏楽部にいてよかった!」という人間も中にはいるでしょう。

    でも、それと同じく、3年間辛い日々を送ってきた人間もたくさん見てきました。
    私だって、その一人です。
    今でも、あの時のことを悪夢として見てしまいます。

    部活動の勧誘で部員から「吹奏楽面白いで!」などとウソぶかれて半ば無理やり入部させられ、ほぼ3年間ムダにしてしまったことを、今でも後悔しています。

    先に辞めた人間が先生や他の生徒から「ネタ」にされたり、親からも「あんなすごい吹奏楽部を辞めるなんてアホか!」と叱られ、なかなか辞めるに辞められませんでした。
    (実際私自身3年目でようやく退部した時、他の部員から蔑みの言葉やちょっかいをかけられたりしました)

    あそこは「音楽を楽しむクラブ」ではなく、「コンクールで金賞を必ず獲るために給与ゼロで奉仕する場所」です。

    今でも、「吹奏楽」「マーチング」という言葉を聞くと、鳥肌が立ってきます。

    「丸谷先生の言動に感動した人間もいる!」などとおっしゃいますが、そういった方はその一方で、丸谷先生の言動に傷つけられた人、ひどいトラウマを抱えてしまった人がいないと、本気で思っているのでしょうか。

    酷い時には竹刀を持ち、指揮棒を投げ、「お前気持ち悪い!」と夜まで暴言を吐き続けたあの先生の言動に、精神的な傷を負った方はいないというのでしょうか。

    それとも、そんな人間は「落ちこぼれ」だから関係ないと・・・?

    ご立派ですね。

    是非、自身のお子様にも丸谷先生の指導方法をそっくりそのまま実践してあげてください。

    • 指導者失格 より:

      せっかく、音楽という素晴らしいものに出会ったのに、台無しにされてしまったのですね。教師たるもの、生徒に音楽を愛好する心を教えなければならないのに、結局、自分のことしか考えていないのだと思います。暴力や暴言に耐えられた者だけが生き残るといった、選民思想は絶対に許してはいけません。改めて怒りがこみ上げてきました。

  55. 指導者失格 より:

    丸谷氏のような、音楽経験がほとんど無い人が指導者になり、しかも第一人者になるということは欧米ではまずあり得ません。それだけ日本は、音楽後進国だという証拠ですが、日本に音楽を正しく評価する文化が芽生えない限り、同じような「悲劇」は続くのでしょう。将来、これが「あれはひどかったよね。今じゃ考えられないことだよね。」と笑い話で済まされるようになることを、切に願う次第です。

  56. 指導者失格 より:

    私はわけあって、今は吹奏楽の指導からは離れていますが、教えていた時は、生徒を怒ったことは一度もありません。普通の言葉で言えばきちんと伝わるからです。そういう意味では、良い生徒に巡り合って、幸せだと思っています。暴力や暴言でなければ、教えられないということは、猛獣使いと一緒です。淀工の生徒さんは猛獣のように気を抜くと牙をむくのでしょうか?時間と気力が必要ですが、粘り強く怒らず、「言葉」で言えば必ず伝わります。そのプロセスを省略し、恐怖による支配という安易な方法に頼っているいわば手抜き工事になっていると思います。手抜き工事は短期間で完成しますが、後で大変なことになるということは、ご承知の通りです。

  57. tt より:

    体罰が許容されてた。20世紀の遺物ですかね。子供は山ほどいたし、目も行き届かなかった。挫折した子供を手厚く保護してサポートしてくれる家族や友人も多くいた。厳しく指導しても、自宅や地域社会でゆっくり癒され、また頑張れたんだとおもう。それを暴言や愛のムチのお陰という妄言を吐く人びとは理解できない。一面しか見てないですよね。

    いまは、子供が少なく共働きの21世紀です。数少ない子供を手厚く育てるために体罰や暴言を除去していくのは自然な流れだと思う。

    表に出てこない、数多くの挫折者。挫折が、心に傷を刻み込まれた高校生はその後の人生を無事に立て直せたのだろうか。

    そういうことだと思うのに、私は耐えられた素晴らしい指導だった。という自己観測の矮小な視野で安直に批判するOBの多いことが残念でならない。

    その矮小さこそ「教育の失敗例」だと言えるのに

    • 自分の経験を誇りにして、偉そうに教育や人間性を語る人に限って、虚栄心や支配欲の塊で、人間的に未熟な人が多く、そういう人を見ていると確かに失敗例だと私のような者には感じられるのですが、未だ丸谷氏のごとき人物やその指導がまかり通っているということは、失敗例だとみなしている人よりも、彼らを成功者だとみなしている人のほうが多いということなのでしょうか。

  58. 指導者失格 より:

    2016年8月1日(月)放送に放送されたNHKクローズアップ現代です。
    「死ね!バカ!」これが指導? ~広がる“ブラック部活”~
    http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3847/1.html
    ここでも「専門的な指導ができない時に、つい暴力や暴言に頼ってしまう。」という指摘がありました。やはり「素人指導者」の排除が、日本の部活を正常にする第一歩であると感じました。

    • 指導者失格さんのコメントは、ご自身の経験してこられた人生の重みや並々ならぬ情念を感じますので(こんなところでここまで持論を展開されるということは、よほどまともに聞いてくれる人が周りに恵まれなかったのでしょうか)なかなか正面からお返事できなくて恐縮ですが、取り急ぎ感じたことを書いてみます。

      近くの中学校、高校を通る度に、雄叫びのような、本人も何を言っているのかわからないような大声が延々と聞こえてくるのですが(いわゆる声出しというやつでしょうか)、果たして指導として意味のあるものなのか常々疑問に感じています。意味があるとすれば、活動上、どういう意味があるのかを問うた上で生徒らに納得できるように説明すべきですが、そんなことは指導者の頭にはないのでしょう。
      理性や合理性への軽蔑のようなものを感じるのですが何故でしょうか。

      • 指導者失格 より:

        日本はとかく根性論ですべてを解決しようという風潮があります。人間を組織の部品として有効に機能させるためには、暴力的な指導で思考力をそぎ落とすことが必要なのです。部活動はその縮図なのです。これは教育とは言えません。常々、部活動のあり方について疑問を持ちながら、主張する場も力もなく悶々としていました。そして、このサイトを見つけ、今までたまっていたうっぷんをはらしているだけで、情念というほどのものではないと思います。私は指導者としての資質がなかったので、今は、信頼できる方に指導をお願いしています。その方は、生徒を怒ることは一切なく、生徒を信頼して指導していただいています。今年のコンクールでも良い結果を出すことが出来ました。
        少しずつではありますが、部活の問題点が認識されつつあるように思います。道は遠いと思いますが、日本の部活が正常なものになることを切に願っています。

  59. 脱水槽厨 より:

    丸谷先生といえば吹奏楽界では有名な教諭ですが、暴言などを用いて指導する先生だとは思いませんでした。
    私は音楽科のある高校でしたので吹奏楽部もクラシック界に近い教育で、レッスンで暴言などを浴びせられたことは一度もありません。
    また吹奏楽界の現状を客観的に見られていたと思います。

    外の世界を知らない中高生が逃げ場のない奴隷のように教育され、しかも将来に繋がらない(部活での吹奏楽などクラシックでの教育を受ける受験生から見たらおままごとに近い)ことに膨大な時間を費やすことを強いられるのは非常に悲しいことだと思います。

  60. しもちぇる より:

    嫌なら辞めればいい
    生徒達は本気で音楽が好きだからたとえ暴言を吐かれても続けるんだと思います
    そこまで紳士に音楽に向き合う生徒達を否定するのはやめてください
    確かに丸谷先生の指導はなんだかなと思うこともありますが生徒達は自ら望んでこの道に進んだのですから外野の人間がとやかく言うことではないと思います
    もう一度言います
    本当に嫌なら苦痛に感じてるなら辞めることだって可能なのです
    でも続けるのは音楽が心から好きだからだと思います

    • 現場の生徒さんかもしれませんが、だからその言い方はカルト宗教やブラック企業と同じ構図なんですって。
      まして教育の場で行うべきことではってこれ書くの何度目かの気がしますが。これ以上同じこと書きませんからね。

  61. 指導者失格 より:

    やはり日本は学校教育がダメなんだなあとつくづく感じます。通常の授業も知識は詰め込むが考えない人間を作る教育をしています。戦後の日本弱体化計画によって教育がむちゃくちゃにされてしまったので、現在の状況になっているわけですが、巧妙な手段で見事に成功していると言えます。

    • いつもコメントありがとうございます。

      詰め込み教育批判として鳴り物入りで導入されたゆとり教育も結局学力向上には目立った成果がなかったというのがコンセンサスになりつつありますし、そもそもたとえ詰め込みであっても主体的に勉強することに多くの子どもたちは価値を見出さなく(「学びからの逃走」なんて言葉もありますね)なってきているので、そちらのほうをなんとかできないかと個人的には考えています。

      日本弱体化計画が一体何を指すのかはわかりませんが(陰謀論的なものでしょうか)、戦前の学校教育が今より優れていたのかと言われると疑問ですし、部活動などの指導は今以上に酷かったんじゃないでしょうか。それこそ「軍隊式」なんて言葉もあるくらいですから体罰、鉄拳制裁は今の比ではなかったことでしょう。

  62. 金柑亭 より:

    プロフェッショナルな音楽の現場では、強権を持った指揮者が楽団を支配するという構図は、過去のものとなりました。
    少なくとも、欧米のクラシックの世界では。
    (マネジメント関係にはまだ残っていると思いますが、こちらは商売ですから、別の話です)

    罵声を浴びせたり自身の考え示さないやり方は、現代社会では通用しません。
    通用しないやり方を教えても、前途ある若者を導くことには直結しません。

    中には反面教師として自身の肥やしにできる生徒もいるでしょうが、発言の自由ある雰囲気がなければ抑圧されるだけでしょう。

  63. 遊正 より:

    定期的に話題になっているということは、問題がほとんど解決されていないからなのでしょうね。

    私が受けたパワハラの経験から考えるに、ハラスメントを働く人間というのは必ず「お前の為を思って言っているんだ」というようなことを言います。これが相手をさらに追い詰め、また反抗の気を殺ぐわけですが。

    ストーカーは必ず「お前を愛しているからこそ」と言って違法行為に及びますし、DV加害者は泣きながら「もう絶対しない」と言って翌日も暴力を振るう。
    指導者たちがどういう思いであるかというのは、彼らの行いを全く正当化しないし、罪を軽減しません。
    生徒たちの為を思ってあんな指導をしているのだとすれば、そのほうがよほど病的で恐ろしいことです。

  64. 遊正 より:

    もうひとつ、嫌ならやめればとか、好きでやっているからという考え方は端的に誤りでしょう。

    部員はあくまで中高の生徒であり、それに加えて、指導者と生徒という権力勾配があるからです。
    対等が前提でない関係の中では、嫌ならやめればというのは成り立ちませんし、まして大人の判断力を有していない子供です。
    18歳未満への淫行が違法とされているのは、まさにそういう理由ですから。

  65. 短時間に3つもコメントを頂いたので気になって調べてみたら、追記でも言及した名古屋大の内田氏がTwitterで取り上げていたのですね。(内田氏には確か昨年このページのURLをTwitterでお伝えした記憶があり、なんで今になってなのかはよくわかりませんが、それほど吹奏楽部に対する不満の声が高まってきているんでしょうか)

    内田氏のような方の活躍で、部活動中の生徒の負傷や、半ば強制的に従事させられる教員の過重労働は徐々に問題視されてきているように感じていますが、ここで取り上げたような吹奏楽部は、運動部と異なり生徒が物理的な傷を負うリスクはそれほど高くないでしょうし、問題が明るみに出にくいのでしょうから、今の運動部程度にさえ取り上げられるにはまだまだ時間がかかりそうです。

    過重労働にあえぐ教員がたくさんいる一方で、内田氏も「宗教」と形容しているような有様ですが、それは問題視されるような運動部でも往々にして見られることですし(桜宮高校バスケ部しかり)、あとはどうしてでしょうね。
    少なくとも淀工の吹奏楽部は、顧問と生徒だけでなく、「名誉教諭」、「文化賞」を授けて教祖に祭り上げる学校や自治体も絡んでいて根深さを感じさせられます。

    とはいえ、何か政治的力で圧力をかけて変えればいいというわけではなく、個人的には、おそらく相当数いると思われる、輝かしい「実績」の陰で、こういう団体で傷ついた子たちの存在に気づいて、耳を傾けることも必要なのではないかと思っています。
    遊正さんも仰るように、なおさら告発しようと思ってもできないわけですし。

    まだまだ根強い美談や神話を解体できれば、世論も変わっていくかとは思いますが、それには取り上げるメディアのあり方とか色々課題はあるのでしょう。

    NHKもここで批判した馬鹿な番組を垂れ流したと思えば、内田氏らが声を上げれば今度はブラック部活特集を昨年放送したようで、両極端ながらも随分権威に弱いと感じましたが、メディアや世論というのはそういうものなんでしょうか。いいんでしょうかね、これで。

  66. 15年ほど経った今でもこうしたきっかけで時たま思い出しますけど、私が中学生の時に、授業中に他の生徒から妨害を受け続ける、登校時に机に落書きをされるなどで調子を崩して(それに対する教員の対応はなし)、部活動ではなく、学校全体の合唱大会みたいなものを欠席したことがあり、後日、私をいじめていた集団から暴力を受けたので教員に泣きながら告発したら、相談室で加害者と同室の上事情聴取をされ(それだけでもまずいやり方ですが)、加害者側は私が合唱大会を欠席した(それ以前からいじめはあったので当然嘘)からということになり、教員側はそれを真に受けて、なぜか私まで悪いということにされました。

    今考えれば無茶苦茶な道理ですが、弁も立たない私は言い返すことができず悔しい思いをしました。
    我ながらよく通い続けていたと思います。おかげで高校はすぐに不登校になる羽目になりましたが。

    傷ついた子に耳を傾けるべきだとは書きましたが、こういうのは最悪ですね。でも、コメント欄を見る限りではこういう考え方はまだまだまかり通っていそうで、そこは教員が否定してほしいところです、が。

    • 遊正 より:

      合唱大会の話、酷いですね。
      パワハラ案件などでは、雇用者の側に安全配慮義務があり、その事情聴取の方法もアウトですが、学校の中となるとそういう意識が途端に低くなっているのではないでしょうか。(生徒だけではなく、先生に対しても)

      鴉さんが仰るように、メディアは本来、そういった問題点に光を当てる使命を負っているはずで、宗教じみた違法な指導法や指導者を礼讃している場合ではないはずですけどね。

  67. 指導者失格 より:

    日本弱体化計画については検索すれば色々出てくるとは思いますが、ここの趣旨とは少し外れるので、詳しくは述べませんが、私は陰謀論や都市伝説ではなく実際に実行された(現在もされている)ものだと思っています。物を考えない人間を作ろう(育てようではなく)とする教育はまさに日本の部活の指導法です。戦前の教育を礼賛するつもりはありませんが、戦前は教師はエリートでしたから、少なくとも教員の質は戦前のほうが上だったと思っています。丸谷氏のような「素人」が君臨する土壌は戦後に出来てしまったのです。

  68. 元生徒 より:

    Twitterの引用からこちらのサイトを知りました。
    本文、コメントなど、大変興味深いものでした。
    私は吹奏楽部出身で、部活動をしていたのも昔話になるような年齢の者です。

    一番初めに持った感想は、このような様々な価値観が見られる現在の環境に驚きました。自身が生徒の頃は、このような情報社会環境が整っていなかったので、自身が部活動をしていたときはこのようなことを思っていた人たちもいたのかな、と考えていました。現在、生徒、学生である人は様々な意見が聞けて羨ましい、と思う反面、非常に複雑な世界になって大変だな、とも思っています。

    コメントの中で、既に様々な立場の意見が見られるのですが、その割には登場する特定の人物が非常に少ないことが気になります。コメントの多くが、部活動において主に指導を受ける立場としての自分、指導する先生の2者のみで話が進んでいることです。話の展開上、友達の存在(「みんな」ということが多いですね)や他の大人が登場する場合もありますが、その像は話の中では比較的に不鮮明です。

    高校生の年代はアイデンティティを確立していく過程の思春期として分類され、その過程では身近な友達、先輩、自分と立場の違う先生や父母等をはじめとする大人等様々な人との関わりが非常に重要であるはずです。コメント記入者の年代を全て把握することはできませんが、記入内容からある程度の経験をされている人が多いにも関わらず、自分と先生、あるいはそれ以外の誰か、という分類で学校時代の話が進められることについて、道徳あるいは倫理教育から見て危惧すべきことではないかと思います。

    ここまで長々と書きましたが、吹奏楽部OBとしては、せっかく大人数が必要とされる部活動に入ったのだから、他人は自分と違う考え方を持っており、多くの人とともに1つのことをすることの大変さを感じてくれたらいいなと思っています。やってみたけど、難しくて無理ならやめればいいですし(それも経験の1つですし)、大人はそのときに他の道を紹介できるような存在であれたらいいのに、と考えています。

    長文になり、大変失礼しました。ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

  69. 大学生 より:

    教職課程をとっている大学生です。
    ツイッターのリンクでこちらの記事を知りました。
    私は高校時代、吹奏楽ではなく別の部活動に所属していましたが、淀川工科高校の例と同じような状況にありました。先生や先輩からお前は本当にダメだなど、技術の上手い下手ではなく人格を貶める暴言を吐かれ、精神的に追い詰められた後に、お前は素晴らしい、この部活にはお前がいないとダメだなどと褒め言葉のシャワーを浴びせられて、感情が激しく揺れ動き、部活動と「共依存」していました。完全に洗脳だったと思います。私は心の底ではおかしい気がする、辛い辞めたいと思っていましたが、心酔している部員たちとの絆()が壊れるのを恐れて辞めませんでした。必死で自分にこれは正しいんだ、部活は楽しいんだと言い聞かせていました。卒業時には、部員の前で部活は素晴らしかった皆ありがとうと泣いて見せたりしました。
    卒業し、カルト宗教やモラハラについての本を読んで、これは部活動の思い出と一緒じゃないか!と衝撃を受けました。
    管理人さんが指摘しているように、私も辞めればいいという意見は的外れだと思います。あの非日常的な異空間での同調圧力は、恐ろしいものです。辞めた者を裏切り者扱いなど平気でします。先生もします。それが本当の教育でしょうか。また辞めたとしても、暴言や暴力で受けた心の傷はなくなりません。その上裏切り者、落伍者のレッテルを貼られる。その傷を負って上を向かなくなった人を弱いやつだと言い切るコメントの数々に驚きを隠せません…。

    先日教職の授業で、「部活中体罰を受けたことがあるか」「体罰は許せるか」という質問を学生全員で答え、議論をするというものがありました。そこで、私は本当にびっくりしました。
    「部活中体罰を受けたことがある」と答えた学生が半数にのぼったのです。その上、その学生たちは皆「指導上有効ならば体罰を行なってもいい」との立場を取ったのです。指導上有益ならば???と頭は?でいっぱいでした。皆口を揃えて、「殴られたり、バカとか死ねとか言われたけど、それは私たちを思ってのことだったから」と言っていてめまいがしました。彼らはその思い出を胸に、大学まですくすく育ってきたようですが、その後ろに、その暴力暴言に傷つき、その後の人生に暗い影を落とした人たちが何人いるのだろう、と途方にくれる思いでした。そして、こういう考えをもつたくさんの人が教職課程をとっていることに震えました。

    長文失礼しました。管理人さんの記事やコメントを読んで、こういう風に考えてる人もいるんだ!ととても安心しました。

    • なぜか投稿が自動的にスパムに分類されて気づくのに遅れました。申し訳ないです。

      将来教師になるであろう教職課程の学生がそんなことを口にするとは恐ろしいです。私も頭が痛くなってきました。しかも体罰禁止が明確になっている現在でさえも半数が体罰の経験があると答えた点も興味深いです。まだまだ表面化しないところで部活動内での暴力が横行している証左でしょう。
      まさに負の連鎖ですね。
      大学の間に考えを改めて欲しいものですが、まあどうでしょうか。自分の過去を批判するのは苦しいものですから難しいでしょう。
      コメントを下さった大学生さんのような方も少なくはないと信じたいものですが。

  70. なん より:

    大学生さんのコメントに、まともな感覚の教師志望の方もいらっしゃるんだな…と安心しました。是非、頑張って良い教師になってください!

    いつも不思議なのは、勝つためには(賞をとるためには)暴言や暴力ありの指導も必要と思われている方って、誰かに強制されないと努力ができないのでしょうか?
    出来なかったことが出来るようになるのは、本人の技術力がアップした時。技術力をアップさせるのは適切な練習と適度な休養、本人の努力。むしろ要らない苦痛を与えられることで色々無駄にしているように思えます。普通に指導すれば普通に伸びるかもしれない人材を潰しているのだとしたら、潜在的な損失はもっと大きい。どんなにご立派な経歴の先生でも、ドロップアウトする生徒を出したら、その指導にはどこか問題があるのだと認めるところから始めてほしいです。

  71. 楽器演奏者 より:

    「大阪府立淀川工科高等学校の吹奏楽部顧問にして、大阪音楽大学特任教授、全日本吹奏楽連盟副理事長など、肩書きだけで名刺が真っ黒になりかねない程の吹奏楽界の重鎮なんです・・・。」

    つまり、その業界の重鎮だから、その人を辞めさせたら賞が獲れなくなるんで、70歳過ぎても雇ってるんじゃないの?
    スポーツのような客観性のある競技じゃないから、審査にはいろんな要素が加わるでしょうしね。

    大体、この部活にかける時間をちゃんとした指導者の元で楽器練習したら、音大くらい楽勝なレベルになるもんだけど、吹奏楽部でそんなことにはならないでしょ。

    本当に楽器を上達したい、音楽をきちんと学びたいなら吹奏楽部ってむしろ有害ですよ。

    • もちろんそのような思惑があるから(ネームバリューも利用できるでしょうし)関係者は丸谷氏に依存しきってるでしょうのですが、果たしてそれでええのかという話です。

      しかも現在は丸谷氏は吹奏楽連盟の理事長だそうで、彼が審査に関わっているとしたら尚更公平性を疑問視されても仕方ないでしょう。

      いろいろなコメントを受けての私の実感ですが、吹奏楽部の人たちって、指導者も含めて、どうも必ずしもクラシックや、音楽理論、演奏そのものの上達に関心があるわけではなさそうですし、同じ楽器を扱う人でも音大を目指すような人たちとは全然住んでいる世界が違うんじゃないでしょうか。
      もっとも、丸谷氏は大阪音大の特任教授ですから、必ずしもそうはいえないのかもしれませんが。

  72. アキアカネ より:

    >いつも不思議なのは、勝つためには(賞をとるためには)暴言や暴力ありの指導も必要と思われている方って、誰かに強制されないと努力ができないのでしょうか?

    誰かに強制されないと努力ができない人ってたくさんいますよ。もちろん、本当に好きなことならできるのかもしれませんが、10番目くらいに好きなことになってくると難しいかもしれませんね。
    私も、オンラインゲームだったらかなり自発的に努力しますが、勉強(行きたい学校に入るために必要)はかなり強制されないとできません。

    • いやーそこで開き直っちゃダメですよ。
      どういう学校かは知りませんが、強制されないと勉強しないんだったら、わざわざ進学しても身にならないと思いますけどね。
      臆面もなくそういうこと言っちゃうのかとちょっとショックを受けました。

      まして、本来、生徒の主体的な取り組みのはずの部活動ならなおのことのはずですけどですね。
      部活動が10番目に好きなことなんてありえないでしょう?
      強制されてしかできないのならやめちゃえば?と思います。かなり前に奴隷根性という表現を使いましたけど、そういうことです。
      もっとも、問題になっているような部活動にはやめたくてもやめられないような構図があるのだとは思いますが。

      ちなみに丸谷氏も、一方では子どもたちの主体性や自主性を大切にしていると言っているようですが、随分言行一致していないなという印象です。
      https://www.facebook.com/yodokoishizue2016/posts/1714669722089652:0

      • なん より:

        あ、言いたいことをすべて管理人さまが仰ってた(笑)
        そもそもこの吹奏楽部の部員さんたちって、厳しいとわかってて入部してるわけだから、別に強制されなくても努力できる人たちだと思うんですよ。技術向上は適切な指導と練習によって得られるものであって、罵詈雑言ではない。良い結果を出したことを「先生の指導のおかげです」というのはいいですが、その中に罵詈雑言も含ませてしまってるところがおかしい。「自分は罵詈雑言がないと努力できなかった」と言ってるに等しいですから、自己評価が低すぎるにも程があります。管理人さまが繰り返し言ってらっしゃる違和感はその辺にあるかと思います。

  73. 無能管理者 より:

    突然のコメント、失礼致します。自分も教員の肩書きを持って生徒の前に立つ一人です。
    一連のコメントを拝読いたしました。

    私自身も、管理者殿はが感じておられる違和感が常日頃よぎります。

    今の教育現場では、「管理(統率)」と「指導」が同義で使われています。普通に考えれば、この2つは決定的に意を異にします。
    しかし、中学校や高校の部活では当然のように同義になる現場が数多くあります。
    「どんな信念を持っていようが、生徒に怒りをぶつけない教員=指導力不足」
    「とにかく怒って生徒から怖がられる教員=優秀指導者」

    ここのことを管理者殿も感じられたのかと邪推いたします。今まで、思っていても感じていても口にしなかったことではないでしょうか、有難いことです。

    少々、私事をお許しください。
    私は、とある中学校で昨年まで運動部の顧問をしておりました。自分の経験してきた種目ではなかったため、技術指導はできませんでした。幸い、新入生が素人ばかりだったので、私はこの生徒たちには負けまいと一緒に練習ができました。部員は礼儀正しく素直な、しかし、不器用な子達です。いわゆる学力も残念ながら高くはありません。それでも不登校や登校しぶりが出ず、全員が楽しく学校と部活に来てくれたことは、生徒へは感謝し、校長へは良い場に関わらせてもらったと思っております。結果、幸運なことに県4まで行くことができました。
    ただ、今年は顧問ではなくなりました。私が顧問になる部は風紀と規律がなっていないのだそうです。部活中に楽しい笑い声が聞こえるのはおかしいのだそうです。部活中の笑顔や笑い声は、地区大会を優勝し、県へ進む集団にはそぐわないそうです。

    諸先輩方に比べると、経験の浅さは否めません。
    私はどうしても生徒にスパルタ的な管理と感情を顕にして怒ることができないため(叱る場面はいくつもありますが)、無能指導者なのだそうです。「愛のある厳しさこそ指導」と言い張る先輩方に楯突く気は毛頭ありませんが、指導と管理の区別が、少しずつ現場に浸透することを願ってやみません。
    長文失礼いたしました。
    (管理者殿、不快、または不適であれば削除をしてください)

    • コメントありがとうございます。

      厳しさを感情的になることと履き違えている輩がまだまだ多いのでしょうか。
      学校以前に単なる職場として見ても信じられないような発言で呆然としました。これでは生徒だけでなく若い教師も潰されてしまいかねないでしょう。
      嫌々顧問にされる教員もいる中で、やる気のある先生が外されるとはおかしな話です。

    • 指導者失格 より:

      無能管理者様が経験されたことはまさに日本の教育がカスであることが証明される事例の一つだと思います。このようなことは枚挙にいとまないほど、マスコミでも報道されてます。以前、私が投稿した「日本弱体化計画」により、日本の教育を破壊された結果だと私は信じていますが、これについては「信じるか信じないかはあなた次第です」の都市伝説レベルなので、ここでは多くは語らないことにします。それにしても丸谷氏は大学で一体何を教えているのでしょうか?まさか、大学生にも罵詈雑言を浴びせてはいないと思いますが、音楽がほとんど未経験の人間が課外活動とは言え、バンドの指導者となり、音楽大学の教授になることは欧米ではまず考えられません。音楽未開発国日本以外にはありえないことです。ちなみに未開発国としたのは発展する見込みは非常に乏しいと思うからです。ともあれ、教育の荒廃、衰退はゆゆしき問題ですが、日本人の多くがその重大さに気づかずにいます。かといって無力な私の力ではどうすることもできず、無能管理者様のような心ある若い先生が増えることを望んで止みません。

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