高石市立総合体育館(カモンたかいし)は川淵三郎氏の展示をやめるべき(書きかけ)

高石市立体育館が、加茂プールがあった場所に移転し、新しくなって、今月1日に開館しました。愛称のカモンたかいしは、Come on!(おいで!)と、地名の鴨(加茂)をかけているようです。(あんまり面白くない)

驚いたのは、入り口から入って真っすぐ進んだ廊下の壁一面に、サッカー界で重役を務めた、川淵三郎氏の功績を称える展示物があったことです。川淵三郎氏は高石市出身の人物なのです。

確かに川淵三郎氏は、スポーツの世界で功績を成し遂げた人物かもしれませんが、一人の元市民に過ぎません。どうして公立の体育館で展示をしなければならないのでしょうか。同志社大学で創立者の新島襄の展示をするというのならまだ理解できます。その施設に歴史的に直接大きく関わっているからです。(しかも私立ですし)
ところが、川淵氏は高石市立体育館の設立者でも何でもなく、まだ存命中の人物であります。そのような一人物の半生記などをわざわざ展示することは、公立の施設にふさわしいことといえるでしょうか。
こんなものを設置するくらいならば、その空間を、もっと市民のためになるスペースに割いて欲しかったと思います。

ところで、私が卒業した鹿児島大学には、稲盛アカデミーや稲盛会館という施設があり、そこでは同じように京セラの稲盛和夫氏の功績を延々と述べ立てた展示物があり、同じような違和感を抱いており、また今でも批判しています。
確かに、稲盛氏は多額の寄付を鹿児島大学に行ったようですが、建物に自分の名を冠したり(国立大学では異常なことではないでしょうか)、写真や文章等の展示物を設置するというのは、結局利他心ではなく名誉欲ではないかと思わされます。そして設置する方も、権威に弱い人間である、あるいは権威を利用して人集めをしようとする安易な発想を持っていることが伺えます。

川淵三郎氏に話を戻しますと、残念なことに、調べているうちに、川淵氏は現在、東京にて怪しげな教育団体の会長を務めているような人物であることが明らかになりました。

その団体の名は、「こころの東京革命」です。一体どういう団体か、具体像はなかなか見えてきませんが、「こころの東京ルール」のページを読めば大体の団体像は伝わってきます。そこには以下の文章が書かれています。

東京都とこころの東京革命協会は、大人が子供に社会の基本的なルールを伝えていくための標語「こころの東京ルール~大人が子供の手本となろう~」を提案します。

こころの東京ルール~大人が子供の手本となろう~
一.毎日きちんと挨拶させよう
一.善いことは褒め、悪いことは叱ろう
一.ねだる子供にがまんをさせよう
一.先人や目上の人を敬う心を育てよう
一.体験の中で子供を鍛えよう

私はこのような、道徳訓の羅列を見る度に、子供たちの、いや、社会そのものの現状認識ができておらず、時代錯誤も甚だしいと感じさせられます。
歴史を振り返らず、対話性のない右翼的な発想です。
確かに、学校では陰湿ないじめ等の様々な問題はあるのだとは思いますが、果たして、このような道徳訓を教えこむだけで何か問題の解決につながると、どういう根拠で考えているんでしょうか。

また、今の子供たちは、本当に、上に挙げられているようなことを教えこまなければならないほど道徳観に欠けているのでしょうか。印象論だけで語ってはいないのでしょうか。常日頃から子供たちと関わり、子供たちの顔を直視し、子供たちの発する声に耳を傾けているのでしょうか。

特に、気になったのは、「ねだる子供にがまんをさせよう」という項目です。ねだることはなぜいけないのでしょうか。大人に何かをねだることは、欲望を制御できずに私利を貪ることにつながるとでも考えているのでしょうか。そうだとしたら全く理解できません。やはり、子供たちと関わりあうという視点が完全に欠落しています。

おそらく、社会正義のためには個人の欲望は抑えなければならないという考えに基づいているのだと思われますが、このこころの東京革命立ち上げに関与したという、元東京都知事の石原慎太郎らのこれまでの発言から察するに、彼らのいう社会というのは、人と人の関わりあいではなく、具体的な公権力を指すのではないでしょうか。
そうであるとしたら、公権力の利益のためには、個々人は不条理な窮乏にも耐えなければならない、戦時中の「欲しがりません、勝つまでは」のスローガンを連想させ、そのような精神を植え付けようとしているように感じられます。(そういう自分たちは、己の欲望を抑えきれているといえるのでしょうか)

それ以前に、このページがおかしいのは、「大人が子供の手本となろう」と書いておきながら、「させよう」、「鍛えよう」などと、大人が子供に一方的に道徳観を押し付けるような文になっていることです。支離滅裂だと言わざるを得ませんし、こころの東京革命に携わる人たちが、子供たちをどういう目で見ているのかが改めてうかがい知ることができます。

上に書いた通り、そもそも市立体育館に、一個人の、それも存命の人物の写真や半生記などの展示はふさわしくありませんし、このような面においても、高石市立総合体育館は、多くの子供たちが利用する施設である以上、子供たちとの具体的関わりを拒絶し、歪んだ教育観に基づいた団体の会長をつとめている川淵三郎氏のごとき人物の展示はやめるべきであると考えます。

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