同窓からのFacebook申請

私が見る夢はだいたい親兄弟が出てくるものか、小中学校時代の同窓生が出てくるものの二種類である。そして両者ともたいていはろくな内容ではない。夢のメカニズムなど私は知らないが、両者ともに対して私は未だ煮え切らない、複雑な感情を抱いているのは確かで、常日頃心の奥深くに眠っているものが反映されているのかもしれない。一昨夜は肉親に暴力を振るう夢を見た。これで何度目かわからない。当然私はそのような願望は抱いていない。少なくとも意識下では。しかし見てしまうものは仕方がない。我ながら病的だと思う。

さて昨夜は親兄弟ではなく同窓生の方だったのだが、とある女子相手に延々と管を巻くというもので、珍しく暴力的なものではなかった。まあ、管を巻くというのは向こうの迷惑も顧みず、だからある意味暴力的といえるのかもしれないが。そんな夢から覚めた後、スマートフォンでメールを確認すると、その女子ではなかったが別の小中学の同窓の女子から、先日書いたように長いこと使っていないFacebookの友達リクエストが届いていた。Facebookで同窓から申請が来たのは初めてだし意外だった。何しろ小中学校時代の知人で私に良い感情を持っている者は皆無だろうし、私の方でも今でも付き合いがあるのは「豚」しかいない。Facebookで初めてとは書いたのはmixiでなら別の人から二度ほど便りが届いたことがあったからで、私なりに丁重に返事をした上で断っていた。今回はリクエストがきたと届いただけで特に何もメッセージはない。突然のことで不気味だし無視したほうがよかったのだろうが、上のような夢をみた後のせいか、承認ボタンを押してしまった。縁を切ったはずなのに夢に出てくるということはどこかで執着、未練のようなものが残っているということなのだろう。

Facebookにしろmixiにしろ、SNSでは「友達」になると、その人が公開している画像やつぶやきをより多く見られるようになっているもので、私に申請をくれた女性の写真を見てみたところ、想像以上に美しくなっていた。もともと綺麗な人だったとは思う。私は身の程知らずもいいところだが、(あくまでも私の主観によるが)醜男も醜女も大嫌いなので、そうでなかったら申請の承認ボタンは押さなかったかもしれない。同窓会での集合写真も投稿されていて、美男美女の集まりとでもいったようなものであった。男の方は見てくれだけではない、職業は弁護士に裁判官、医師に大手ゼネコン勤務ときている。要するにお高い人たちの集まりなのである。私のような日陰者とは無縁の。彼女の友達リストを見たところ、数は100人を遥かに超えていて、中には私は嫌悪しか抱いていない、私を直接迫害し、夢で何度も復讐を行った、チンピラのごとき者も含まれていた。ああ、彼女たちは表面的には嫌悪せずに誰とでも平等に接する。しかし、密接な集まりとなると所詮は自然とああならざるを得ないのだ。なんという人格者、しかしなんという欺瞞だろうか。そのような邪推が私の胸を突き抜けた。我ながら屈折した考えであろう。彼女らはおそらくいい人ではあるのだ。試しにFacebookのほうでも彼女に向けて一言昔話をつぶやいてみたが、どう受け取られるだろうか。気味悪がられるか、それとも懐かしく感じるのか。そもそも何を思って今更私などに申請を出したのか。ある種の憐憫の情のようなものが湧いてきたのだろうか、それとも節操無しに特に何も考えていないにすぎないのだろうか。もう一度言うが、彼女は(彼女にかぎらず)おそらくいい人には違いないのだ。だが今となってはまったく別の世界の住人のように感じる。

ただ一言いえるのは、私は甘いということだ。過去を振りきれない。なんという甘ったれだろうか。

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