池袋での暴走死亡事故についてのTwitterでの下衆の勘繰り

昨日に池袋の交差点で発生した痛ましい死亡事故について、Twitterで被疑者への誹謗中傷や、事実誤認や無知からする憶測が広がっていて頭が痛くなりそうでした。

Twitterでトレンドになっているツイート曰く、報道で、重大事故を起こしたにもかかわらず被疑者が逮捕されず、呼称が「容疑者」ではなく「さん」付けがなされているのは、被疑者が元官僚だったり大企業の役員を務めていたりしていた「らしい」ことから、「上級国民」(意味不明)だから警察やマスコミが忖度しているのだそうです。こういう憶測は下衆の勘繰り以外の何物でもありません。

被疑者が90歳近い老人であることを鑑みて常識的に考えれば、逃亡や証拠隠滅の恐れがないとか、勾留すると健康上に差し障りがあるとかの理由で、警察は逮捕する必要がないと判断した上で、逮捕されていない以上はマスコミは容疑者呼称を用いなかったに過ぎないことは十分あり得ることで、想像に難くないと思うのですが、そのような常識が通用しない人が少なくないようです。

被疑者の個人情報を暴き立てたというツイートも見ましたが、そのようなことをして一体何の意味があるのか不明です。真相究明の障害にこそなれど、社会的に利益になる点など一つもありません。被害者のためにもならないでしょう。単なるリンチであって、法律に基づいて犯罪が処罰される国の市民のやることではないのは確かです。

何故このような人たちがはびこるのかについて、ある人は、司法やマスコミへの不信感が募っているからではないかと書いていましたが、むしろ、不信感を抱いている人に限って、司法やマスコミ(のみならず警察なども)が一体どのような役割を担っていて何に基づいて行動しているのかよくわかっていない場合が多いものです。ですから、何も司法やマスコミに落ち度があるわけではなく、情報の受け手が根本的に無知であり、ネット社会でこれだけ情報がたやすく得られるにもかかわらず、自分にとって心地よい情報は脊髄反射的に拡散するくせに、少し調べればわかるものを調べようともせず、誤りを指摘されても自分の無知は認めようとせず、それどころか傲慢な開き直りをしている人たちが少なくないからではないでしょうか。
私自身も胸に手を当てて振り返ると全く心当たりが無いというわけではありませんし、特にまだ若い人なら勢いで不正確な情報を発信してしまうのはわからなくもないですが、同調している人の中には社会の中で酸いも甘いも味わったはずの人たちもいるのは情けないです。
単なる度し難い愚か者といえばそれまでですが、それも結果であって、一体何故そういう人たちが雨後の竹の子のように現れるのかを説明するのはなかなか困難なことです。

さらに悪質なのは、例によって、こういうセンセーショナルな言説を、複数のまとめサイトなどが転載したり、尾ひれをつけて扇動した上でデマを撒き散らしていることです。そういう人たちはTwitterで脊髄にツイートしている人たちと違って、無知蒙昧というよりは、単に広告収入が目当ての外道が大半でしょう。金銭に魂を売り渡している輩に直接何を言っても無駄でしょうから、悪質なサイトについては、プロバイダ側が警告や契約解除をするなど毅然と対処して欲しいところです。

確かに今回の事件に関しては、被疑者が今後刑事罰を受けたり、損害賠償を支払うことになる可能性は高いと思いますが、上のようなツイートを撒き散らしたり、金銭のためにそれをさらに煽動するような連中のほうが、反省することがないという点では救いようがないですし、そのような連中が少なくない数存在して、何も咎められることも、牢獄に入れられることなく、大手を振って社会の中に溶け込んでいることのほうが恐ろしいです。

ところで、私が卒業した大学の教員で、荒唐無稽な政治的な陰謀論を主張している政治学者がいて、ある日、その教授と親交のある別の教員を食堂で見つけて彼の主張についてどうお考えなのか尋ねたところ、「確かに世の中に陰謀はあるだろうが、それが誰の目にも明らかにわかるような形のわけがない」というようなことを言っていてそのとおりだと感じたことを思い出しました。

そもそも、私は、政治家などの公人や、カルロス・ゴーン氏のような社会的に大きな影響力のある人(こちらは線引きが難しいですが)でない限り、一私人の犯罪を実名で報道すること自体、社会的な有益さよりも、今回のように害のほうが大きいと思うのですが如何でしょうか。







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