波野村「麻原村長」という幻想

昨日に友人とサイクリングに行った折、旧波野村(現在は阿蘇市内)に行ってみたいという話をしたら、友人にどうしてなのかと聞かれ、かつてオウム真理教が土地を買い取って進出しようとした村を見てみたいからだと説明しました。

ところで、その時だったかその後だったか、波野村についてぐぐったら、以下のような朝日新聞の記事が出てきました。

オウムを追い出した村、代償9.2億円 熊本・波野は今

https://www.asahi.com/articles/ASL765H47L76TIPE03X.html

私が吹き出してしまったのは、「住民票を移されたら村が乗っ取られて、『麻原村長』ができる」というくだりです。「麻原村長」、なんだか牧歌的な響きではないでしょうか。村役場に行ったら、あのひげもじゃの尊師がいつもの赤紫の服を着てニコニコと笑みを浮かべ椅子に座っている、そんな光景が頭に浮かびました。

それは冗談として、それよりもおかしいと思ったのは取材を受けた旧村民の発言です。

確かに、いくら今となっては極悪テロ組織であったことが白日の下に晒され、それ以前も明らかに怪しげな集団だったとはいえ、反対運動を起こすだけならともかく、法的に正当な理由もなく住民票の届け出を拒否することが認められるはずもありません。訴えられて当然だと思います。しかも結局9億2千万円という巨額の和解金を支払う羽目になり、間接的に教団の武装化やサリン事件などのテロ活動を支援してしまったことについてどう考えているのでしょうか。

ちなみにサティアンやサリンプラントなどが多数建設された、教団の本拠といってよい上九一色村は廃村時点で1500人ほどと、波野村より少し少ないくらいの人口ですが、村議会が乗っ取られたという話や、信者はともかく村民が殺されたという話は聞いたことがありません。(ただし、公害や脅迫まがいの行動などの被害は実際に受けていたことは後述の論文によってわかりました)

なにもオウムのような集団でなくても、村に以前から帰属しておらず、その共同体のしきたりに従順でない人間が移住してきたら結局は同じように排除したのではないか、もとから排他的な典型的村社会ではなかったかと疑われますし、サリンプラント建設などの形で波野村の失敗のツケまで払わされることになった旧上九一色村の人たちからしたらたまったものではないのではないでしょうか。

数年前にも、国松警察庁長官狙撃事件について、結局確たる証拠が発見できなかったにもかかわらず、オウム教団の関与の可能性が高いと発言し、オウムの後継団体のアレフに、やはり裁判を起こされて国が賠償金を支払ったことを思い出しました。

そもそも、この記事は、「この村で、核兵器もつくっていたかもしれない。あれだけの無差別殺人を犯したのだから、死刑執行は当然だ」という、村長経験者だという岩下一之信氏の発言から始まっています。確かにオウムは(というより麻原の一存か?)核兵器の生産も企て、オーストラリアでウランを採掘するなどしましたが、こっそりと原発を作るようなもので、いくらなんでも核兵器を作るのはオウム程度の技術力や資金力では不可能です。(だから生物兵器や化学兵器が「貧者の核兵器」と呼ばれるわけです)「麻原村長」のくだりもそうですが、ここでも自治体が事実に基づかない思い込みによって対応をしてしまったことのまずさとそのことへの無反省が露呈しています。非合理的な思いつきで行動したという点では麻原と同レベルだというのはさすがに言いすぎでしょうか。

岩下氏の発言なのか、「波野村を守る会」の幹部だった飛田祖久美氏の発言かはわかりませんが、「死刑執行は『あれだけの罪をしている。間違いが二度と起こらない社会を実現するには、やむを得ない』」というくだりからは、臭いものに蓋をして、自分たちの汚点を死刑になった麻原たちと一緒に葬ろうとしているとさえ感じられました。当たり前の話ですが、麻原や幹部を死刑にしたところで、社会であのような事件が二度と起こらない保証はどこにもありません。自爆テロの存在を持ち出すまでもなく、常識的に考えてなんの因果関係もないでしょう。

もう波野村は自治体としては存在せず、当時を知る旧村民も世を去っていき、旧村の地域もますます過疎化が進むことが考えられますが、対応を誤ると結局危険な集団を利する結果になることを我々はよく反省すべきだと思わされましたし、この朝日新聞の記事からは、ある意味典型的な村社会の人たちの思考(と朝日新聞のスタンス)を垣間見ることができて興味深かったです。

ちなみに後から調べたところ、合理的根拠に基づかず、漠然とした気分によってオウムを排除しようとしたことが上九一色村と対比して波野村のケースの特徴であり、「常軌を逸している」(p.50)と指摘している社会学者の論文が見つかりました。

http://www.hmn.bun.kyoto-u.ac.jp/report/2-pdf/3_tetsugaku2/3_04.pdf

一方、上九一色村の場合は、サティアン建設当初から、悪臭、騒音などの公害や脅迫まがいの行動など、村民が被害を受けていた実態があったこともわかりました。(p.45)

私の感想も、波野村の対応の特徴を捉えているという点ではあながち的外れでもないといって良いのではないでしょうか。

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