済々黌高校で「丸刈りなど強制でうつ状態」

 訴状などによると、男性は2017年4月の入学式後、他の新入生とともに同校応援団から校舎屋上に集められ、30分以上、大声で校歌を歌わせられた。入部したソフトテニス部では同月下旬、他の1年生部員と共に3年生から「伝統」として強制的にバリカンで丸刈りにされた。

 男性は翌5月に退部後、うつ状態となって不登校になった。同校から2年生への進級を不可とされたため、昨年5月に退学。県内の通信制高校へ転学し、今年9月に提訴した。

 男性側は、同校内で「シメ」と呼ばれる先輩からの強制指導行為は、100年以上の歴史を持つ伝統校に根ざした独特の文化と指摘。「学校側が違法なシメを黙認・放置し、男性が不登校となった原因と知りながら対策を講じなかったのは安全配慮義務違反に当たる」と主張している。

 男性の代理人弁護士は「明文化されていない校内ルールを問う裁判は珍しく、無批判に続く伝統に一石を投じたい」と話す。賠償金1円について、男性の母親は「賠償金が目的ではない。学校はシメ文化を見直し、謝罪してほしい」と訴える。

「丸刈りなど強制でうつ状態、済々黌高退学の元生徒が熊本県を「1円」提訴」毎日新聞(2019年12月3日閲覧)

https://mainichi.jp/articles/20191202/k00/00m/040/220000c

うつ状態になった事自体はともかくも、原告が勝訴するには、丸刈りなど強制されたりしたことと、うつ状態になったことの因果関係を証明しないといけないでしょうから困難だと思いました。しかも一昨年のことなのになぜ今になってなのかもよくわかりません。一連の「シメ」が違法とまでいえるのかも疑問ですし、まして安全配慮義務違反とまで断言できるのかも素人目から見ても疑わしいです。男性の母親も賠償金が目的ではないと言っていますし、損害賠償額が1円という点を見ても、自分の訴えを世間に知らしめて、大衆を味方にすることが目的で、もとから勝つことを考えていないようにさえ思えます。だとしたら裁判をそのように用いて良いものなのでしょうか。

ところで、このことは、「こんな前時代的な高校があるとは」と知人から教えられて知ったのですが、実は本人が卒業生というオチでした。彼に尋ねてみたところ、確かに記事に書かれているような「シメ」は当時から存在していて、自分も応援団によって屋上で校歌を歌わされたと話していました。ただし、彼が入っていたソフトテニス部でない部活による「シメ」は、どのようなことが行われていたのかまでは聞き忘れましたが、少なくとも丸刈りの強制などはなく、先輩は笑いながら行っていたとのことで、彼らも自分たちのやっていることがおかしい、馬鹿げていると半ばわかっていて(仮にも県内屈指の進学校ですし)、かといってやめるわけにもいかないので形だけ残しているのが現状なのでしょう。知人は予定調和だと言っていましたし、このように、部によっては通過儀礼としては形骸化しているところもあるようです。

とはいえ、屋上で校歌を熱唱するのはその日疲れるくらいでそれきりでも、今回のソフトテニス部の場合は丸刈りという実害を伴うもので、しかも入部中継続してその髪型を保たないといけないとしたらなおのこと、たとえ違法とはいえなくても問題ですし、指導者は何を考えているのかとは思います。

たとえば他にも、私が卒業した大学のとある体育会系の部でも、焼酎を一気飲みして、寮歌の巻頭言を叫ぶ(暗唱する)という通過儀礼があり、そこの部長一人(もしかしたらもともとは全員だったのかもしれない)がわざわざこのためにやってきた、何年も前に卒業したOBによって強制され、気の毒なことに最後には立つことも困難になり倒れそうになっていました。間違えずに叫んでも声が小さいとOBに言われてやり直しになり、確か三回目くらいで終わりましたが、おそらくはじめからそういう筋書きなのでしょう。知人によると、どうも済々黌の応援団による屋上校歌大合唱もそのようなものなのだそうです。「どうせ、声が小さかったら、『そがんこつでは熊高に勝てん!』とか言われるんだろう」などと言ったら、彼は吹き出していました。それはともかくも、当然のことながら、焼酎の一気飲みなど、実際に倒れかけていたように命を落としかねないもので、丸刈り以上に危険です。こんなことはいくら伝統とはいえ認められるべきではないでしょう。中には自分から死ににいく人もいるようですが。

余談ながら、私は硬式テニス経験者で、特に公立中学校から硬式テニス部が駆逐されていっていることや、ソフトテニス関係者による硬式テニスに対する信じられないような発言を聞いたことがあり、学校ソフトテニスにあまり良い印象がありません。ソフトテニス自体、戦前の日本で生まれたスポーツですし(日本生まれであることを知らない教員もいた)、練習中に大声を出し続けるところなど、いわゆる日本独特の体育会系のノリや根性論が根強いというのは考えすぎでしょうか。

別に形骸化していても(たとえば今も早稲田大学にそんな人がいるんですか?)バンカラの校風をなくせというつもりは毛頭ありませんが、私の出た大学の他の部でも焼酎をジュースに変えていたという話も聞いたことがありますし、残すにしても済々黌も明らかに損害を与えるようなことはやめて、もっとマイルドなものにするなど柔軟な対応はできないんでしょうか。そもそも別にそんなソフトテニス部なんて入らずに硬式やろうぜ、と私がその場にいたら言うでしょうが、いずれにせよ丸刈りにしなければできない、不都合を生じるスポーツではないことだけは確かです。

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