「ポタリング」の濫用に見られる一部の自転車乗りの心理

もともとは近郊を散策する程度のサイクリングである「ポタリング」(ゆるポタ)という言葉を濫用している一部のロードバイク乗りについて、なぜそのようなことをするのかこれまで考えてきました。

「ポタリング」不要論
私は長期間の旅行に適したママチャリではない自転車に一応は乗っている人間ですが、ポタリングという言葉が好きではありません。いつからそのような言葉が生まれ、使われるようになったのかは知りませんが※、(高価な)ロードバイクに乗っている連中が、サイ...
続「ポタリング」不要論(「神楽坂つむり」氏の「ポタリング」を一例に)
「ポタリング」という言葉が、(高価な)ロードバイクに頻繁に乗っている一部の人たちがサイクリングという言葉に対して特権意識を持たせようとするために恣意的に用いられているのではないかと以前指摘しました。どういうことかと言いますと...

素直にサイクリング(あるいは単に走ってきた)と書けばいいのに、一般的な社会通念からすると明らかに長距離を高速で走っているにもかかわらずポタリングという言葉を使うのは、当初の定義からは逸脱して、サイクリングがポタリングと異なるものであることを誇示して優越感に浸りたかったり、実際はどれほど長距離を高速で走っていたとしても軽くこなしたという印象を与えて人からすごいと褒められてちやほやされたかったりという心理が働いているのではないかと私は考えています。

たとえば、前回の記事で取り上げた、神楽坂つむりなる人物は半日強で大阪から金沢まで走ったにもかかわらず「ポタリング」という言葉を使っていました。

余談ですが彼のブログのアクセスカウンターを見たらGoogleにすっかり気に入られているのか、取り巻きのおかげなのか一日に1万アクセス以上がある日もあるようで驚きました。

それはともかくも半日で300km近く走れること自体はすごいことです。はっきりいって誰にでもできることではありません。それなのに「ポタリング」などと称しているのは実は卑屈さの裏返しなのではないのかと思い直しました。今まで指摘したことを総合すると、実際にそうなのかはわからずただの被害妄想かもしれませんが、サイクリングという言葉をむやみに使うと馬鹿にされるという強迫観念めいた引け目があるから予防線を張るために保険としてポタリングという言葉を用いているのかもしれません。もちろん、同時に優越感に浸って人から褒められたいというさもしい欲求があるのは間違いないとは思います。いや、自転車とは無関係の記事でも書きましたが、そういう欲求自体は人間として自然なものでも、そういう欲求による動機があるくせにそのような素振りを見せないから、それでいて隠しきれずに滲み出ているからさもしいのです。いずれにせよそういう卑屈さは謙虚さでもなんでもありません。気障でいやらしいだけです。

これまで指摘してきた人物のように、自分がいかにすごい人物であるかを肩書きに書き連ねる連中もまるで誇大妄想狂のようで低劣極まりありませんが※、逆に本当は優越感に浸りたくて自分が可愛くてほめてほしくて仕方がないくせにそんな素振りを見せずに自己卑下をする連中も同じくらい品性下劣で悪質です。どれだけ自転車で走ったところで品性は身に付けられないし、体育教師が言いそうな、スポーツで精神修養ができるなどというのはやはり狂った幻想であることの証左だと思います。

※(一例)

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体力が落ちきっているのでなんとかせねばと思い、タバタ式トレーニングについて検索していたら、自分の欲望を満たすために、主唱者の田畑泉氏が否定しているようなことを平気で書いているサイトを複数見つけました。タバタ式トレーニングとは、20秒...
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私も例外ではないと思いますが、スポーツバイクに乗る人達ってオタク気質の人が多いように思います。今まで指摘したような卑しさの根底にはなんというんでしょうか、そういう人たちが抱いている世間への劣等感と、その裏返しの優越感に浸りたい欲求が入り混じった独特の鬱屈した感情が渦巻いているとでも申しましょうか。そもそもそういう歪んだものが常日頃から彼らの心理の根底にあるから、上のような言行が生じるのかもしれません。大阪出身の私は鳴子くんの「大阪には六甲山がある」(いうまでもなく六甲山は兵庫県にあります)というくだりで、関西への偏見を垣間見た気がして(作者は関東出身だと思っていましたが長崎らしい)、ゲンナリして最初の数巻で読むのをやめてしまいましたが、そういえば弱虫ペダルなんか露骨にそういうコンプレックスを反映した設定だと思います。

自転車に乗らない悪友にこのことを話してみたところ、前の記事で私が表現したマスターベーションというよりは、母親に褒めて欲しい、自信のない、まだ精通していない子どものようだと言っていて、言い得て妙だと思わされました。私自身も心当たりありますし、巨匠・宮崎勤じゃなかった宮崎駿監督作品なんか見ても思いますが、オタクって往々にしてロリコンかつマザコンだったりするもんです。

ところで、悪友は「なろう系」に詳しく、私は初めて知りましたが「あれ?僕なんかやっちゃいましたか?」というようなパターンが今は人気なのだそうです。それは大体こういうパターンの展開だそうです。

「あれ?僕なんかやっちゃいましたか?」

「ポタリング…ですよね?」

「えぇ?300kmくらい散歩ですよ(笑)」

セリフを置き換えてみるとなるほど確かに神楽坂つむりさんのような人たちの言行はそれそのものです。うわああああああああ痛い、痛すぎる。いやあ、屈折していますねえ。まともな社会人のやることじゃあないですよ。でも恥知らずに付ける薬はないんでしょう。

マイペースだとかのんびりとか言っている人に限って、実は自分の欲望であったりありもしない妄執に囚われているという点ではある意味気の毒な人たちだと思います。とはいえこういう人たちはネット上にいくらでもいるわけで、今回取り上げたのは氷山の一角に過ぎませんし、感覚が麻痺した人に批判を加えたところでご本人にとっては蛙の面に水をかけられるようなものでしょう。しかし前にも書いたとおり、そういう人たちがのさばっていられるのは取り巻きに限らず、安易に取り上げたり、影響されたりしてしまう人たちがいるからです。情けないことです。他山の石としつつ、これ以上は相手にせず、堂々とサイクリングをすればよろしいと思います。

(追記)

できるだけユーモラスに書いてみたつもりですがあまりにも下品だと感じた箇所は投稿後に随時修正しています。

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