32日目(最終回)

曽於市から
陸上の練習をしている青年(少年?)の足音で目が覚める。大会も行われる場所らしい。ちゃんとしたトラックはなかったが。
その時点では晴れていたが、突然空が暗くなり雨が降ってくる。
登校途中の小学生から、目があったわけでもないのに挨拶をしてくれた。うれしい。
湿度が異常に高い。肌着が肌に吸い付いている。これまで走った中で最悪の天候だと思う。
わずかな傾斜で息が続かない。連日の疲れが蓄積して取れていない。
鹿屋市へ。大学時代に行ったことのある、小さな動物園のうさぎを見たかったがどうしようか。
雨が降っていたが晴れる。と思ったらまた強い雨が降ってくる。
不動産屋の軒下に勝手に入ってレインコートを着ていたら、中から女の人が出てきて、もっと軒下で休んでくださいと言われる。なんと親切な。しかし先を急いだ。
結局動物園に行く。地図で裏口があることを知ってそちらから登った。さびれた商店街の脇から登ったと思う。そうでないと他の公園などを経て行かないといけない。いずれにせよ高台にあるので急な坂だったが。
うさぎは相変わらずたくさんいた。背中にちょっと深い傷を負っているのがいた。
鯖江と同じくシルバー人材が管理しているらしいが、ちゃんと処置できるのか。
5年前と同じく、うさぎといっしょにベンチで雨宿り。少し眠る。それもあの時と同じ。
事務所のおじさんが来て、カップラーメンとジュースを頂いた。事務所で食べるように誘われたが、どうもそれは無理だったらしい。しかしもう一本ジュースをもらった。
うさぎには薬くらいは塗っているらしい。
コンビニで昼食。鶏飯を食べる。どれくらいぶりか。存在を忘れていた。カップ麺を買って、さっきのカップ麺にもお湯を入れて食べた。
雨は降っては晴れの繰り返し。
歩道脇の枝にひっかかったせいか、荷台のゴム紐が切れて、金具がハブに巻き付いて取れない。ペンチで取ったがもう使い物にならない。団子結びしたら意外と固く結べたのでそれでいくことにした。
同じ衝撃でか、後輪スポークも一本ハブ側の頭が折れた。折り取らずに無理やり穴に突っ込んだ。
悪天候の中海沿いをひたすら走る。
錦江町、南大隅町へ
根占あたりのコンビニで休憩する。過積載っぽい廃品回収のおじさんに話しかけられる。佐多まではまだ遠い。
もうコンビニはない。
アップダウンが意外と多い。短いが峠もある。
トンネルを抜けて佐多のAコープ前で休憩。雷雨。もう夕方。
佐多の町、伊座敷は小さい。すぐに抜けてあとは岬へ。
あと20kmもないのになんというきつさ。上り下りの連続。車で通ったときは意識もしなかった。
悪天候の中疲れた状態で走ってきたからか、足が動かず、全然進まない。苛々が頂点に達して何度咆哮を上げたか。
栄養も足りていなかったかもしれない。飲料もほとんどない、食料はカロリーメイトだけ。
体力は限界を超えていた。
午後7時半頃、北緯31度、本土最南端の石碑に到着した。
そこには車で着ていた若い男性二人がいて話しかけてきたが、しばらく返事さえもできなかった。写真撮りましょうかと言ってくれたが断った。
携帯の回線はほとんどつながらない。自販機があるという情報があったのであたりを見回したがない。(翌朝、観光案内所横の入り口から入った中にあることに気づいた)
石碑から少し先に進んだ駐車場にトイレはあるから最悪そこの水を飲めば死ぬまいと思った。
Wi-Fiが使い放題の観光案内所がある。前来たときはこんなのはなかった。(アイスやジュースなども売っているので翌朝はそれで助かった)
トンネルは工事中で展望台の方に進むことはできない。
岬への山に入った頃には雨はほとんど降っていなかったが、とにかく疲労困憊だったので適当なところを見つけてテントを貼って寝た。キャンプ行為禁止の看板の下だとは気づかずに…。(翌朝起きられずに居座っていたら注意された)
しかし深夜にも降ったらしく、テントがなければ危なかった。色々な意味で命の危険を初めて感じた縦断中最悪にして最後の日だった。
涅槃城に自転車で寄れなかったのは心残り。(当日はもう閉まっていただろうし帰りもそんな余力はなかった。)
とにかく疲れたが、毎日向精神薬を飲んでいる半病人にもかかわらずなんとか縦断は達成した。32日かかった。自分にしては思っていたよりも意外と早い。
ずっと縦断にあこがれたきっかけになった、わざわざ過去の記憶を引きずり出して道中もアドバイスをしてくれた経験者の友人二人に多謝。
終わり。
翌朝、また息を切らしながら長い帰りを引き返して垂水までたどり着いて3泊して、そこから結局空港まで走って輪行で帰ったのはまた別の話。

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