マーガレット・コート・アリーナの名称を巡っての騒動に思う

https://www.afpbb.com/articles/-/3265512

ナブラチロワとマッケンローが抗議行動について謝罪
共に元世界1位で何度もグランドスラムで優勝しているマルチナ・ナブラチロワ(アメリカ)とジョン・マッケンロー(アメリカ)は、「全豪オープン」でマーガレット・コート・アリーナの名前を変更すべきだという抗議を行ったことに対し、トーナメント主催者から“規約”違反と非難されたことを受け、謝罪した。ロイター通信が伝えている。【実...

コート氏の選手としての業績は確かに偉大なものだが、それとコート(まぎらわしい)外での発言を切り離すべきだという主張は通用しないと思う。だからナブラチロワやジョン・マッケンローの主張もわからなくもない。コート氏はペンテコステ派という、オーストラリアだけでなく世界中に広がっている迷信じみたキリスト教派の牧師をしているらしい。日本ではまだそうでもないが、ペンテコステ派には社会的影響力を持っている巨大な教会が少なくなく、韓国などでも牧師が社会問題を起こしたりしている。

日本に置き換えてみると、たとえば柔道家の内柴正人氏はオリンピック二連覇という偉大な記録を打ち立て、いくつもの名誉賞を与えられたが、周知のように監督をしていた大学で刑事事件を起こしてそれらはことごとく取り消しになった。彼が監督していた大学を見て「これが内柴大学か」などと冗談で揶揄したことがあるが、仮に内柴氏の名を冠した建物が存在していて、建物名が変わらなかったとしたら、有罪判決後はおろか、逮捕後でさえも間違いなく批判を受けただろう。学生から聞いた話にすぎないが、その大学の柔道部が使用していた施設は未だ使用されていないらしい。名が冠せられていなくても実際にそれだけの対応をしたのである。

内柴氏については私が熊本県民のためぱっと思い浮かんだ例に過ぎず、ご本人はすでに出所して新しい人生を歩んでいるのに申し訳ないが、このような例は枚挙にいとまがないはずである。

コート夫人の発言は同性愛者を悪魔(ペンテコステ派は悪魔や悪霊を持ち出すのが大好き)呼ばわりするなど、迷信に基づいた悪質なもので批判とさえ言えない。単なる暴言でしかない。とはいえ刑事事件を起こしたわけではないが、建物の名前としてふさわしくないという批判の声が巻き起こるのは、日本の話に置き換えてみると実感として理解できるのではないか。もしもの話で何度も引き合いに出して恐縮だが、内柴氏が立件されずにセクハラで処分されただけだともしても許容されたのだろうか。あるいは海外の例でもネオナチやKKKのようなペンテコステ教会以上のろくでなし集団に関わっていても業績と分けて考えるべきだろうか。(コート氏は同性愛者だけでなく人種差別発言も行っているらしい)

そもそも存命の人物を安易に特別扱いして偶像化することが一番の問題の根本ではないか。どういう意図でそのようなことをするのかを思いつく限りで少し考えてみると、本人は虚栄心を満たすため、偶像化する側は曲寄せパンダにして金儲けをしたりするためではないか。

その点、現在は全米オープンのセンターコートスタジアムに名が冠せられている、輸血によるエイズで非業の死を遂げたアーサー・アッシュならそのような問題は起きない。もちろん、死人に口なしと言ってしまえばそれまでだし、死後人を偶像化することで何も問題が発生しないわけもない。ブッダ然り、イエス然り、関係者が自分たちを正当化するために権威付けして利用するようなことが起きる。

参考までに私は後者の業界にそれなりに長いこと関わらせてもらっている人間で、そのような問題については業界内にいる人のほうが真剣に考えている人が多いことは付け足しておく。史実のブッダやイエスがどのような人物であったかを確定することは素人が考えているよりずっと困難である。それにもかかわらず断定的なことを書いている本を見かけたらまず怪しいと疑ったほうが良い。もちろん、史的イエスは復元できなくても、死後に関係者による編集を経たテキストで語られている内容(ケーリュグマ)が無価値だということにはならない。

脱線したが、結局このような混乱が起きないようにするためには、少なくとも存命の人物を安易に偶像化することをやめるか、どんな人物でも光と影があり、その影の部分が今後いくら巨大になっても許容するかくらいしかないのではないか。ナブラチロワもマッケンローもコート夫人に劣らない、アメリカの偉大なテニスプレイヤーだが、今後テニスコートに自分の名を冠するオファーをされたらどう対応するのだろうか。

ところで、巨額の出資をしたという理由で存命の一OBの名を冠した建物だけでなく銅像まで何の臆面もなく次々に建立するのが私の母校である鹿児島大学で、そのうち稲盛和夫記念大学などという別称がつくかもしれない。これまで書いたような批判的視点は一切感じられない。経営陣は恥を知れと言いたい。それでも学者か。

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