傲慢なフェミニストで性的少数者

フェミニストで性的少数者を自認している人で、そういう人が多数いるらしい団体で働いている人と話したことがある。表面的にはさも対話を重視しているような顔をしているが、話しているうちに、あくまで自分は既に真理を所有していて、それをもって無知な大衆を啓蒙してやろうという傲慢さが見て取れた。批判をしたければ自分のように勉強しろと言外に匂わせていた。既成の宗教を批判しているが、そういう態度は悪い意味で宗教的だと思う。

特に、あの手の人々は、厳密ではなく、恣意的に用いようと思えばいくらでも用いられるような横文字の概念を次から次に発明し、それを自明の理であるかのようにマジックワードとして振りかざしているように思う。よく吟味もせずに横文字のまま用いる日本人は、英語圏(特にアメリカ)の文化的奴隷に進んでなっているようなものだ。そういうある種の文化的植民地主義には概して彼女らは批判的なはずだが、自分たちのあり方は埒外らしい。まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のようだとも感じたが、それよりも、自分たちだけの間で通用するような言語が飛び交う空間に酔いしれている様はやはり悪い意味で宗教的だと思う。

私に限らず、できればあの界隈には近づきたくない、と思われたら結局彼女たちの理念が実現することはない。同じような連中だけで群れた馴れ合いが進み、ますます過激化、先鋭化していく。一昔前の学生運動のように。しかしそれすらもあまり問題視していないように見受けられた。(ただし、こういう部族化とでもいうものは社会全体で進んでいきそうな気がする)

もう何年も前の話になるが、TwitterなどのSNSに限らず、そういう人が以前よりもメディアでも無批判に取り上げられるようになってきていると感じてふと思い出した。その他のかつてもてはやされた流行思想と同じく、そのうち廃れて冷静な議論だけが生き残ってくれればよいと思うが甘いか。

(私はフェミニストの書いた著作を読んだことはあるし、彼女らの議論に同意できる部分もあるので念のため)

(7月17日追記)

彼女の主張を聞いていると、過剰なまでに福祉を重視する一方で、無邪気なほどに個人の自由の拡大を信奉しているという点ではアナーキスト(無政府主義者)やリバタリアン(自由至上主義者)に近いものがあって自己矛盾しているように感じる。あくまで一個人の主張に対する感想なので、その手の連中が同じような考えを持っているかどうかは不明。

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