鹿児島の大学の学生団体について

私はこのサイトの他にも、自分が卒業した大学内や、その周辺で活動する、(破壊的)カルト宗教などの団体やその偽装サークルの情報をまとめて、そのような団体にかかわらないように注意を喚起するサイトを運営している。偽装サークルは明らかに怪しげなものとは限らず、自己啓発セミナーや、キャリア支援団体を装ったものも存在するし、母体となっているカルト団体も宗教に限ったものではない。

ところで、近年は、自己啓発の影響を受けたと思しき(「意識高い系」とでもいうべきだろうか)学生によって作られた団体が、私の卒業した大学でもいくつか存在するようである。おそらくは、彼らに影響を与えたそれを勧める、煽るような人たちがいるのだろう。セミナー講師なのか、本なのか、はたまたYouTuberかはわからない。

Twitterで情報収集をしているうちに、私の母校の学生が関わっていると思しき複数の学生団体が見つかり、いくつかやり取りをしたが、彼らに限らず、そのような学生団体の掲げている信念や言行に疑わしいものを感じたためいくつかを取り上げて批判した上で、大学生諸氏には安易にこのような団体に関る前によく考えるように注意を促したい。

Twitterでは少なくともツイートでは短文でしかやり取りができない上に、大抵はまともなコミュニケーションは取れない。また、カルトの偽装団体というわけではなさそうなのでこちらに書くことにした。

最初に発見したのはKG baseという団体である。錦江町で小学校と連携し、「子どもたちと夢を探そう」と掲げた交流を行っているようである。

錦江町というのは、私は車や自転車で走ったことがある程度だが、公共交通機関がほとんど存在しないような大隅半島の南部の田舎町で、そのような外部との接触が少なそうな地域の子どもたちと、市街地の大学生が交流することには意義があると思う。

ところで、こういう人たちはとにかく「夢」という言葉が大好きなようである。もちろん、夢を見ること自体は悪いことではないが、それがしばしば自分の人生から目を逸らさせるように悪用する人たちが存在することは忘れてはならない。典型的なものが、「やりがい搾取」であろう。被雇用者に対して「夢」、「やりがい」という幻想を掲げて(マインドコントロールに近いものがある)、正当な労働の報酬を与えず、労働者としての人権も保証せずに劣悪な環境で働かせるのである。

それに、果たしてそうやってわざわざ大人が「必死に」考えさせてひねり出した「夢」は、子どもたちが追求する目標としての夢に値するものなのだろうか。実際には彼らの大部分は、いずれは一般企業に就職したり、公務員になったり、家業を継いだりして生きていくものと思われる。それはおそらく大人が考えさせる「夢」に値しないかもしれない。そうすると子供の頃に考えさせられた「夢」と現実の自分とのギャップに苦しむことになるかもしれない。

そもそも、具体的にどれくらいの年齢から可能かは断言できないものの、子どもとて大人の顔色をうかがって、暗黙のうちに求められている答えを述べることくらいはできるものである。子供のための活動のようで、実は大人の自己満足に陥っている可能性はあるのではないかよく考えてみるべきであろう。ただ、一大学生としてありのままの姿を見せて交流するだけではいけないのだろうか。

断っておくが、このような私の指摘はある種の「キャリア教育」全般やそれを推進する行政や教育機関にも向けられるものであり、このKG baseが特別おかしなことをしているというわけでは決してないことだけは留意されたい。学術的にもキャリア教育に対する批判はすでに数多く存在し、私も不勉強なのだが、まさにそれを学んで検討するのも大学(この場合は特に教育学部)での学びの一つであることも学生諸氏は忘れないでいただきたい。

他にも、「夢追い人で溢れる鹿児島を創る」学生団体」を自称するYOUTH SENSEという団体もある。これは合同会社として法人化されているらしい。

このチラシ(?)には、「一代目の代表は、大学編入で鹿児島に来て、こう感じました。学生がイキイキしていない、楽しくなさそうだ。俺は鹿児島を嫌いになりたくない。その為にはどうしたらいいんだろう。カッコいい大人を見れば、学生の目はキラキラするんじゃないか?それなら、まずは俺たちが大人と繋がらなくちゃ。あれ、カッコいい大人って、コーヒー飲んでるイメージがある。」と書かれている。

論理的飛躍が多すぎて全体的に意味の通らない文章であるが、編入して来た人間が「学生がイキイキしていない、楽しくなさそうだ」などと断じるのは傲慢極まりないし、彼に限らず一体何を期待してわざわざ転入までしたのか。編入したのが私の母校であるかどうかは知らないが、それなりに名の知れた大学に入れば、何か人生で役に立つ答えが与えられるとでも思っていたのだろうか。そもそも答えがあるとさえ限らない、一見不毛な問いを立てて、それに取り組むことに価値を見出すのが大学の学問であるはずである。

私の知人でも、大学で学ぶことがなんの役にも立たないと感じた末にやめていった人はいた。(一人は進学校から現役で入学した優等生で、退学後は短期間で公務員になった)いつでもそういう不幸な思い違いをして大学に入って裏切られた気分になる人はいるものだ。

それに、学業に限らず、大学生活の中で非日常を味わう機会などいくらでもあるはずである。「カッコいい大人」になんて依存せずに自分の頭で考えてみたまえ。少なくとも私の卒業した大学にはそれができる自由が保証されていた。もっとも、少なくとも一般企業の採用は新卒至上主義で、学歴社会であることを考えれば、それができないならやめてしまえとまでいうのは不適切だろう。

「俺は鹿児島を嫌いになりたくない。」とあるが、勝手な独断で決めつけておいて嫌いになるというのはマッチポンプ以外の何物でもない。しかも、学生がイキイキしていないからという理由で大学が嫌いになるのではなく、鹿児島がそのものが嫌いになってしまうあたりとんでもなく飛躍した発想の持ち主らしい。嫌いになりそうならどうぞ勝手に嫌いになってどこへでも行ってくれれば結構。「子供のための活動のようで、実は大人の自己満足に陥っている可能性はあるのではないか。」と書いたように、このYOUTH SENSEも実際は単にこの前代表の自己充足から始まった独善と疑われても仕方がない。あんたは世界史に登場する植民地支配を目指す征服者かと言いたい。プランテーションでも作るおつもりか。

「カッコいい大人を見れば、学生の目はキラキラするんじゃないか?」という問いも一体どうしてそんなことが言えるのかもわからないし、いささか主体性を欠いているように思われる。

それにしても、コーヒー愛飲者としては別にコーヒー販売の意義を貶すつもりはないが、「学生がイキイキしていない」ことの解決手段がコーヒーの移動販売というのが、随分ささやかというべきか浅はかというべきか。統一教会の信者の珍味売りや、関西にいた時に時折見聞きした高額なフルーツの行商をしている人たちも、同じような心理的なプロセスを経て行われているのだろうか。

私の大学時代の恩師が講義の中で、確か「存在論的」と「存在的」という概念の違いの説明だったかについて、「違いのわかる男」というコーヒーのCMのフレーズに言及して、その「違い」というのが、大仰な響きに反してたかがコーヒーのことであるというのが悲しいというようなことを話していたことが思い出された。

もっとも、それこそ「やりがい搾取」ではないが、劣悪な環境で研究やアルバイトに延々と従事せざるを得ない日常を送っている大学生は確かに死んだ魚のような眼をしていてもおかしくはない。学費や奨学金制度など、国や大学の運営のあり方が関わってくるため、簡単に解決できない問題ではあるが、問題解決の目的はあくまで困窮している学生が、学業を始めとする大学での学生生活を健全に送ることができることだというのは忘れてはならないであろう。学問の積み重ねを無視したり、論理もなにもないメチャクチャなことを平気で掲げる人を作るためではない。

私のツイートに対しての彼らの返答も載せておこう。

ネット上、特に最初に述べたようにTwitterでまともなコミュニケーションを行うことは難しいことは差し引いても、具体的な反論ができないから(中身が無いから)、こんなオウム返ししかできないのである。完璧な人間は存在しない以上、確かに私も独断に陥る可能性は免れることはできないとはいえ、私は公平な情報を提供するように努力はしているものの自分の主張も必ずしも中立とは限らないから批判的視点を持っていただきたいとTwitterにも書いている。自覚しているだけマシだと思っていただきたいし、そもそも私のような単なる一個人と、団体、特に営利企業とでは社会における影響力や責任も全然異なるのは常識的なことであって、そんな責任感や自覚すらないのならとっとと会社など解散したほうが世のため人のため身のためである。社会に害悪を撒き散らすようなことになる前に。

彼らの事業内容自体が、反社会的なものだとは言うつもりは毛頭ないが、彼らの言行を見ている限りでは、上でも統一教会の珍味売りを思い出したように、偽装サークルに引っかかり、カルト宗教に入信する人たちがたどったプロセス※と似通っているように感じられた。マインドコントロールをされるなどしてカルト団体にどっぷりと浸かってしまった人は、自らの組織やその教義を何よりも優先し、思考放棄した頑なな態度を取るようになり、そうなってしまったら残念ながら外から何を言おうがそこから離れることはもはや困難を極めるものである。しかし、彼らが悩みを抱える大学生に対して、大学生活から逸脱させるようなことをしているとしたら看過できないし、それが子どもたちにも向けられているならばなおのことである。

もっとも、一番問題視されるべきなのは、ナイーブな学生の悩みに漬け込んで無責任に誘惑するような「カッコつけたがる大人」たちであるのは言うまでもないだろう。

※統一教会の偽装サークル等による勧誘や入信のプロセスについては、私の母校である鹿児島大学が掲示していた以下の注意喚起のチラシがわかりやすい。

前統一教会の純潔宣言にご用心(鹿児島大学)

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