「重い皮膚病」よりも「規定の病」のほうがましな訳か

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上の文章にて、新共同訳の「重い皮膚病」がマシだったのではないかと書きましたが、そう訳してしまうと、たとえばなぜその「重い皮膚病」に冒された人が「いやし」を望んだのではなく、「『きよく』することがおできになります」などと言ったのかを見落としてしまい、嘆かわしいことに未だにこの箇所が教会の説教において現代のらい病(ハンセン病)という「病気」と単純に結びつけて語られていることがあることを考えれば、やはりよろしくない訳ではないかと考えが変わりました。一方、「聖書教会共同訳」の「規定の病」は不満点はあれど、旧約聖書の律法に触れているという点では悪くないかもしれません。やはりどう訳すのが適切なのかは悩ましいです。

ですがいずれにせよ、聖書の時代にもはっきりいわれのない社会的な差別はあってそれが本文にも反映されている以上は誰も傷つかずに正確である訳語などありえないでしょう。結局はその箇所がどう運用されてきたかの歴史を鑑みると危険物につき取り扱い要注意ということで、ちゃんと神学を学んだ人にその都度説明していただくしかないと思うのですが、実際に、私が通っていた教会で「実際はもう少し広い範囲ではあるものの、これはハンセン病のことである」などという説教が牧師によってなされていて唖然とさせられたことがあります。おまけにその教会、オンラインでその礼拝の配信もしているのです。聖書に通じている古参の信徒の方に礼拝後にこのことを話したところ、未だにあれがハンセン病のことだと思いこんでいる人はいますよと言われてさすがに洒落にならないと思い、牧師に対して強めに抗議し忠告したのですが、あまり事の重大さを認識していないようで閉口しました。わざわざちゃんと大学の神学部で学び修士まで取った人で、私などよりもよほど専門的に学んできたはずなのですが困ったものです。彼は以前から説教で不用意な発言が度々あり、おまけに冗長すぎてもう聞くに堪えない、辛抱ならんということで、上で話した信徒の方たちには申し訳ないですが、教会で引き受けていた任務をほっぽりだして現在は別の教会に通うようになってしまいました。

もっとも、「らい病」、「重い皮膚病」の人が登場する聖書の箇所をグーグルなどで検索してみると、旧約聖書の「ツァラアト」には一切触れていないどころか、中には単純に「らい病」(ハンセン病)とイコールで語られている解説も未だに見つかることを考えれば、なにもその牧師の口が特別軽すぎるとか不勉強すぎるというわけではなさそうです。

しかし、日本語と全く異なる体系の、それも大昔の言語の単語と、現代の日本語の病名が一対一で対応しているわけではないというのは高等教育を受けた人ならなんとなく気づくはずだと思いますから、安易に両者を結びつければ批判されるのは仕方がないことだとは思います。

他方、古典ギリシア語から影響を受けた英語などでは現代でもハンセン病のことを、ギリシア語の 「レプラ」由来であろう「Leprosy」などというわけで、両者を同一視しやすいと思うのですが、あちらでは日本のような問題は起こったのかどうか興味深いところです。

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